052.令嬢は先輩の話を聞く
「手間がかかりますのね……」
「普段は使用人任せですからね」
朝食を終えて、私たちは女性だけで洗濯室にいる。室、といっても屋根があるだけで庭先なのだけどね。
ここでやっているのは……ええと、下着の洗濯、よ。何かあったときのために、一番小さなものを洗う練習、というか。
別荘で雇われているという使用人の女性に教わったのだけれど、丁寧に扱わないと装飾が取れたりするというのは初めて聞いたわ。普段洗ってくれている洗濯係には深く感謝しないとね。
「あとは、ここに干せばよろしいんですね」
「干す前に形を整えて、しわを伸ばしておきましょうね。次に着けるときにしわくちゃなのは、いやでしょう?」
「はい」
ネフライラ様やコーラル様のお言葉に従って、しわを伸ばして干す。洗濯バサミできっちり挟んでおけば、落ちないわよね? ちょ、ちょっと心配ではあるけれど、まあ大丈夫と思いたいわ。
「まあ、今回失敗しても自分がやったことですからね。次は頑張りましょう、ということで」
「はい。……ええと、お二方は失敗されたこととか、あるのですか」
「わたくしは、二年連続で変な場所にしわが残ってしまいましたわ」
「私は、止めるのが下手でもう一度洗い直しになりましたね」
先輩方のお話を伺うのは、ちょっと楽しい。失敗話だからお二方には失礼かもしれないけれど、来年は私がお話しする番になるかも知れないものね。
とりあえず、しっかり止められているか確認して、一応お洗濯は終わり。道具や石鹸を片付けながら、ふとネフライラ様が私に話しかけて来られた。
「ジェット様とは、仲睦まじくて羨ましいですわ」
「え。あ、ああ、ありがとうございます」
ジェット様、三年生の教室で私のことをどのようにおっしゃっているのかしら。悪いようには思われていないから、さすがはジェット様ねと思うのだけれど……いえ、そうではなくて。
「私もね、一応婚約者はいるのですよ」
「おられるのですか」
「ええ」
吐き出すように呟かれたお言葉に、コーラル様が短く反応される。僅かに頷かれてから、ネフライラ様はぽつりぽつりとお言葉を続けられた。
「親同士の約束で、かなりお年の離れた方ですわ。わたくし自身は、片手の指ほどしかお会いしたことはございません」
「時折、そう言うお話は伺いますね」
「ええ。お相手は実家から遠い領地の方ですので、嫁いだ後は里帰りも難しいでしょうね。覚悟は決めておりますが」
親の約束で嫁ぐ、というのは少ない話ではないわね。実のところ、私とジェット様の婚約も同じようなものではあるし。
とはいえ、ネフライラ様のようにお相手とほとんど面識がない、というのはどうかと思うの。輿入れした後、お家の中で揉め事が起こったりしたら大変でしょうに。
そんなことを考えていたら、コーラル様も口を開かれた。
「婚約者なら、私にもおりますよ」
「コーラル様も?」
「ええ。ネフライラ様と同じく一応、という言葉がつきますが」
まあ、と頬を押さえられたネフライラ様の目が丸くなっているのが、少しおかしい。だって、学園の高等部に所属する年齢の女性であれば、それも貴族であれば婚約者がいてもおかしくないのだもの。
「親、ではなくその親の約束、ですね。生まれた子の性別が上手く合わなくて」
「それで、その次の代にまで引き継がれたわけですか」
「そうなんです。ですが、お相手がまだ十歳でして」
「は」
ただ、お相手の年齢にはさすがに私もぽかんとしてしまうわね。まだ、中等部にも入れない年齢のお相手とご婚約されている、というのはいくら何でも。
先々代の約束が、先代の性別の関係で果たされず。そうして今の代でやっと果たされることになる約束の相手は、って。ねえ。
「た、大変ですね……」
「年齢差のこともありまして、一応なわけです」
半ば諦めの表情で、コーラル様は肩をすくめられた。まあ、年齢の差を考えるとさすがに、遠い目になるしかないかしらね。
「向こうに嫁がれる予定、なのですよね?」
「ええ。そのお相手が成人して家を継げるくらいにまで成長してから、になるんですが」
「……先が長いですね……」
少なくともあと七、八年は待っていろ、と先方のお家はコーラル様に言い渡しているわけか。本当に、先の長い話だわ。




