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005.令嬢は怒られる

 中等部に入られたラズロの婚約者が本当に可愛らしい方だったり、イアンが学園に来ても欠かさず続けている鍛冶師としての修行を見学したり、そしてもちろん勉学に励んでいる内に一ヶ月が経過した。


「ウィスタル商会から参りました、グランニュートと申します。グランとお呼びください」

「セレスタ・テウリピアです。よろしくお願いします!」


 高等部で編入した者はその間、別メニューで授業を受けていた。学園内における規則や、例えばセレスタ嬢のように環境が激変した方のための礼儀作法などをみっちり教えていた、らしい。

 そうして今日からグランと名乗った彼と、セレスタ嬢は私たちの教室に合流することになる。ウィスタル商会というのは、諸外国と大々的に貿易を行っている大商人の一つだったわね。どうやら彼は、そこの跡取りということになるよう。


「ウィスタル商会であれば、ご実家で家庭教師などを雇うこともできたのではないか?」

「それも考えたようなのですが、後々自分が後を継いだときに貴族の方々と面識があったほうが商売に有利だと、父は結論づけたようです」


 ユリーシアの疑問に、グランはきっぱりと答えられた。私たち貴族としても、大商人と伝手があると何かと便利だということくらいは理解しているから、学園で交流を持つのは悪くはないわね。


「なるほど。では、よろしく頼むぞ」

「は、ありがとうございます」


 いつもの口調なので耳に馴染んでいるユリーシアの言葉とは対称的に、グランの言葉は何処か緊張したもののように聞こえる。それか、あまり言い慣れていない口調なのかしらね。


「……私が言うのも何だが、教室の中ではもう少し砕けた口調でもよい、と思うぞ」

「崩してしまうと、それこそ食い詰めたチンピラのような口調になってしまいますので」


 彼女も疑問に思ったのか、そう助言してくれたけれど。でもグランの答えは、その助言をやんわりと拒絶するものだった。

 ……食い詰めたチンピラ。私たちにはあまり縁のない口調なのだから、一度聞いてみたいと思うのはおかしいかしら?


「ローズ様、でしたよね」

「え、ええ」


 そんな事を考えていたら、セレスタ嬢がこの前と同じようにつかつかと近寄ってきた。さすがに今度は、私の角を宝石と間違えることはないわよね、と思いつつ受け答えをする。

 と、セレスタ嬢は両手で拳を握って、ずずいと私の前に顔を突き出してこられる。一体、何なのでしょう?


「私、負けませんから!」

「何がですの?」


 ええと、これは何某かの勝負を迫られていると思って間違いはないようね。学園内で収まるような勝負であればいいのだけれど、ところで何の勝負なのかしら?


「んもー、分かってるくせにい」


 などとセレスタ嬢はおっしゃるのだけれど、私には正直分からないわね。この前のときみたいに、はっきり言ってくれればいいのに。


「言いたいことがあれば、はっきりおっしゃったらいかがかしら?」

「ありゃ。ローズ様なら分かってるはず、なんですけどお」


 フォスが私の考えを代弁してくれたのだけれど、どうやらセレスタ嬢には説明する気はなさそうね。

 何でしょう、あのにやにやとした顔は。例えばサンドラたちが私とジェット様のことを冷やかすときの表情とは、また少し違う感じなのだけど。


「セレスタ様」

「はい?」


 と、ここでシンジュ様がご愛用の扇を軽く広げながらセレスタ嬢の名を呼ばわった。その、普段とは違う冷たい声に気づくことなく普通の調子で答えられた彼女に、シンジュ様は声と同じく冷たい視線を投げられる。お顔はいつものように、素敵な笑顔なのだけれど。


「ここは教室ですから、あまり厳しくは申し上げませんが……もう少し、お言葉を考えられたほうがよろしいかと思いますわよ?」

「へ?」


 ぽかんと、目を丸くするセレスタ嬢。別メニューでこの辺りはその頭に叩き込まれているのではないかと思ったのだけれど、違うのかしら。それとも、叩き込まれた側からこぼれ落ちたのかしら。

 私はセレスタ嬢ではないから、そう言ったことは全く分からない。ひとまずは、口元を扇で隠されたシンジュ様におまかせしたいと思う。


「テウリピアの名前を負って参られたからには、あなたはこの学園におけるテウリピア子爵家の代表ですわ。そのあなたのお言葉遣いがその……少々子供っぽい、人前であまり使うようなものではないというのは、少々外聞がお悪くなるのでは?」

「えー、そのくらいで?」

「貴族というのは、特にお年を召されるほど人様の足を引っ張るのが得意になりますのよ? 自身の守るべきものを守るため、などとお題目を並べますが結局は、勢力争いですの」


 そのくらいで、というセレスタ嬢の意見には、同意しかねるわね。

 セレスタ嬢の言葉遣いの現状ではつまり、テウリピア子爵家は迎え入れた実の娘の教育がなっていない、と周囲の貴族に知らしめているようなものよ。しつけもされていない娘のところに自分の息子を婚姻相手として送り込むなり、自身の家に嫁として迎え入れたい家はそうそうないわ。


「うぅ……気をつけますー」


 そう言ったことを丁寧に、かつ辛辣に伝えたシンジュ様の前でセレスタ嬢は、酷く落ち込んだ顔をして床に倒れ込んだ。これで、少しは反省してくださると良いのだけれど。

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