049.令嬢は川魚に舌鼓をうつ
いろいろあって、その日の夕方。
コテージ前のバーベキューエリアで、魚や肉がいい匂いを漂わせている。串に刺された川魚が、ちょうどいい感じに焼けたみたいね。
「はい。このままがぶっとかじりついてくださいっす」
そんなふうに、まるで当たり前のようにイアンが渡してくれたのだけど……いくらお皿があるとは言え、こぼしそうでちょっと嫌だわ。
「こぼしたら後で掃除すりゃいいんす。ほら、ネフライラ様もどうぞ!」
「まあ、ありがとう」
私と同じように差し出された魚の串を、ネフライラ様は躊躇なく受け取られる。そうして、遠慮なく腹にがぶり、とかじりつかれた。
「……ん、ん、まあ、うまく焼けていますわね。はらわたの苦味も、いい感じですわ」
「お褒めに預かり光栄っす」
数度咀嚼してからのその感想に、イアンはぱあっと顔を明るくしたわ。
でも、川魚か……前に食べた時は確か青臭かった感じだったのと、はらわたが苦くて食べるのが厳しかった記憶があるのだけれど……ええい、ままよ。がぶり。
「……あれ?」
確かに苦味はあるのだけれど、覚えているより厳しくないわ。そのままもぐもぐと、柔らかい白身まで食べ進めることができる。
味覚がほんの少し変わったのかしら、それともイアンの腕がいいのかしら。ああ、でもほんと、さっぱりしてて美味しい。
「ほ、ほんとうに美味しいですわね……」
「でしょ? 魚の塩焼きって、ほんと美味いんすよ」
私の感想をどう受け取ったのかは知らないけれど、それでもイアンは嬉しそうに笑ってくれて、次の魚を焼き始めたわ。これは多分コーラル様の分なのでしょうけれど。ジェット様は最初に一匹食されておられるし。
午後は、私とネフライラ様が木の実を集める役割に回った。魚釣りはイアンとコーラル様が担当してくださる、ということになったのよね。
「ま、待ってくださいな、ローズ様……」
「あ、はい」
森の中を、他の班の方々とともに歩き回る。このような場所を歩くことが分かっているのだから踵の高くない靴を履いているのだけれど、それでもネフライラ様には少し厳しいようね。
「大丈夫ですか? ネフライラ様」
「な、なんとか……」
ひとまず、毎年収穫を頂いているというあまり高くない木のところに到着して一休みする。少しふっくらされているせいか、ネフライラ様はそもそも運動するのが苦手でいらっしゃるよう。……セレスタ嬢がおられたら、うるさかったでしょうね。
そういえば、何でおられないのかしら? 魚釣りも獣の罠も、彼女は嫌がりそうなものなのだけれど。
「そういえば、あの騒がしいお嬢さんはこちらじゃないのですね」
「お昼にちょっと粗相をやらかしまして、その罰だと殿下がおっしゃって獣の罠の方に連れていきました」
私と同じ疑問を浮かべたらしいネフライラ様の問いにしれっと答えたのは、殿下やセレスタ嬢と同じ班になったアレクセイ。なぜか彼が木の実集めに回ったというのは、つまりそう言うことなのね。
「使い物にならないのではありませんか?」
「邪魔にならなければいいんだと思いますよ」
アレクセイの言い方は大概だと思うのだけれど、確かに作業の邪魔さえしなければ問題にはならないかしら。泡でも吹いてひっくり返っておられるのなら、そのまま横に寝かせておけばいいわけだし。
「さ、こっちはこっちで木の実集めましょう」
「……そうですわね」
おかげさまで私たちはグミやアンズを見つけることができたので、デザートには事欠かないわね。ついでにいくつか山菜も見つけてきたので、肉や魚と一緒に焼いていただきましょう。
「……それで、セレスタ嬢は邪魔にはなりませんでしたの?」
「邪魔には……ならなかったかな。横で目を回していただけだからなあ」
「あらあら」
手際よく網の上で肉を広げてくださるジェット様が、一瞬だけ遠い目になられたわ。ああ、私の推測通り作業の邪魔にはならなかった、のね。




