047.令嬢は小脇に抱えられる
「はーなーしーてーくーだーさーいー!」
食堂が近づいてきたところで、その中から大きな声が漏れてきた。……何というか、ここ数ヶ月ですっかり聞き慣れた声なのよね。
「……あの声は」
「また何かなさったようね」
ジェット様が顔を引きつらせたのに、思わず頷いて言葉を合わせる。というか、何かしでかしでもしなければあんな大声を出す必要はないと思うのよ、セレスタ嬢。
「ふわあ!」
そうして食堂から出てきたのは、先に昼食を取られていたというギャネット殿下のおられる班。ところで、どうしてセレスタ嬢は推定テーブルクロスでぐるぐる巻きにされてクレイス様の小脇に抱えられているのかしら?
「ローズさまあ、助けてくださいー」
「殿下、彼女が何かご無礼を?」
「俺にじゃなくて、お前らにだな。一応未遂だが」
私を呼ぶセレスタ嬢の声は無視することにして、殿下にお話を聞くのが一番早いと思ってお尋ねする。殿下は小さく頷いてくださって、それからクレイス様にちらりと視線をやる。ああ、報告は彼からさせる、ということね。
「準備されている他の班用の昼食に手を出そうとしたので、拘束せしめたまで」
「ちょ、ちょっとくらい、いいじゃないですかあ!」
「駄目だ」
……クレイス様のくださった報告に、私たちは唖然とした。
だって、人様の昼食に手を出そうとしたって、セレスタ嬢はそんなにひもじかったの? 寮では普通に食事されていたし、あれで足りなかったなんて思えないわ。
もしかしたら昼食の量自体が少ないのかもしれないけれど、それでも我慢くらいはできるはずよね。
そんなことを考えていたら、殿下がぎろりと普段ではありえないような怖い目でセレスタ嬢を見据えられた。
「こんな者が後継者候補とは、テウリピアの家も堕ちたな」
「ひっ」
「家には伝えないでおいてやるが、他の班にもこのことは通知するからな」
「やめてええええええ!」
「黙れ」
パニックを起こしてジタバタ暴れるセレスタ嬢を、平然と小脇に抱えたままのクレイス様はちょっとすごいと思った。取り落としてしまっても、誰も文句は言わないのではないかしら。落とされたセレスタ嬢以外は。
「済まなかったな、昼食は量も十分だし味もいい。安心して食べてくれ」
その彼らと他の方々を率いて、ギャネット殿下は颯爽と去っていかれた。セレスタ嬢の「勘弁してくださいいい」という浅ましい悲鳴がなければ、もっとかっこよかったのだけれどね。
「そんなに空腹だったのですか、彼女は」
「ギャネット殿下にご執心のようでしたので、掃除を張り切りすぎたのではないですかな」
彼らを見送りながら、コーラル様が呆れたように頬に手を当てられる。ジェット様の推測を交えたお答えに「まあ」と目を丸くされて、それから肩をすくめられた。
「そんな取ってつけた化けの皮、殿下に効果があるわけがありませんのに」
「ありませんな」
「ないですわねえ」
「そうですわね」
「無茶を言ったら、殿下がかわいそうっすよ」
ジェット様、ネフライラ様、私、そしてイアン。我が班の意見は、今ここに一致したわね。
「さ、セレスタ嬢のことは気にせずに食事にするっすよ」
そうして、イアンの言葉にも全員一致で頷いた。だって、本当にお腹がペコペコですもの。




