046.令嬢はお昼へと向かう
「ご苦労。お前たちの班は二番目に早かったな。一番早かったギャネット殿下の班はもう食べ始めてるぞ」
何とか掃除を終わらせて、別荘の母屋に赴く。やったことは家具やガラスを拭くことと床の埃を掃き出すこと、そして簡単なベッドメイキングくらいだったけど、普段は……寮生活でも使用人にやらせていることなので、結構大変だったわ。
ただ、先輩方は代々受け継がれている『手の抜き方』を心得ておられて、それを私たちにも伝授くださった。すなわち。
「あまり細かく掃除をしても、疲れるだけですからね」
「そういうことだ。細かいところはこの後、隙を見つけて片付ければいいのさ」
ひとまずは、使うところだけを何とかすればいいということ。リビングと寝室を使えるようにして、自分たちの荷物を入れる。この後で厨房や他の箇所を片付ければ、まとめて掃除するよりは少しは楽で済むわよね。
「これは、使用人たちにも言えることだ。毎日毎日、細かい埃まで払っているわけではない。日毎に場所を決めてそこを清めるというのが、よくあるパターンだな」
「ええ、確かに」
教師の言葉に、ネフライラ様が頷かれる。
そう言えば、実家にいた時は使用人たちは毎日どこかの場所……例えば玄関とか、応接間とか、特定の場所をきっちり掃除していたわ。日によって掃除する場所が違うのは、そういうことだったのね。
「貴族の屋敷を毎日隅々まで綺麗になんて、できるわけなかろう。皇帝陛下のおわす城などな、プライベートルームは使ってる個人とその直属の使用人で片付けろという皇后陛下の命だ。これは皇帝陛下ご自身にもあてはまるんだそうだが」
「ギャネット殿下も、ご自身の私室は自分で掃除なさってるとおっしゃってましたからね」
ジェット様のお言葉にも心当たりがあるわ。というか、ついさっき殿下ご自身がおっしゃっていたものね。そして、教師がぼそりと「まあ、機密が外に漏れないためでもあるんだろうがな」と呟かれたことには、なるほどそういう理由もあるのねと納得せざるを得ないわ。
「ともかく、自分の家にいる使用人の人数とできる作業の量くらい把握しておかないと、主なり主の妻なりはできないからな。そのくらいは覚えておけよ」
「はい」
そう結論付けられて、私たちは頷いた。貴族の当主にしろ工房の棟梁にしろ、自分が使っている者たちの数や能力をしっかり把握して彼らにできるだけの仕事を割り振れ、とそういうことなのでしょうからね。
「じゃあ、昼食だ。明日からは朝食はここで、昼食と夕食は材料を取りに来るなり釣りなりして自分たちで作れ。一応料理人を一人ずつ用意してあるが、よほどのことがなければ手を出さないからな」
「は、はい」
「がんばるっす」
「ま、魚や肉を焼いただけでも食事は食事だ。ありがたくいただけよ」
ははは、と楽しげな笑い声を残して教師が去っていく。まだ掃除が終わっていない二班の見物にでも行かれるのだろうか。
ところで、私たちはほぼ全員が顔を引きつらせているのだけれど、イアンだけは意外に平気な顔をしているわね。
「イアン。こういったところでの調理は、慣れていますの?」
「え? あー、はい」
私が問うてみると、イアンは平然とした顔のままで頷いてくれたわ。そうして、事情も教えてくれる。
「親父にくっついて鉱石とか取りに行きますとね、だいたい食事は現地調達っすよ。魚を串に刺すのと、焼き加減は任しといてくださいっす」
「武器の火入れ具合だけでなく、魚の火入れ具合にも詳しいのか」
「金属でも肉でも魚でも、それぞれに合った火の入れ方があるっす。親父の口癖っすけどね」
「なるほど。たしかにそうか」
ジェット様も、その言葉にひどく感心されておられるわ。ネフライラ様は「楽しみですわ」とほにゃほにゃ笑っておられる。コーラル様は……「ぜひ、腕前を拝見したいな」と真顔で感想を述べておられて。
私? それよりまず、お昼御飯を食べたいわ。




