045.令嬢は教えてもらう
私はもう一往復して、無事に桶二つをコテージまで持って帰ることができた。というか。
「あ、ローズ様! お持ちするっすよ!」
途中まで、イアンが迎えに来てくれたのよね。私が両手で持っていた桶の持ち手を片手でひょい、と持ち上げるのはやはり殿方よね、と感心したわ。
「いつも思うんすけど、さすがは皇族の方々の別荘っすね。家具とか、質の良いものが揃ってるっすし」
「ええ、そうね。……そうか、あなたはテッセン工房で良いものを見ていらっしゃるから」
「そうでもねっすよ。武器は何となく分かるっすけど……家具なんかも、使われてる金具の感じとかで判断してるっす」
金具? ……ああ、タンスの角を補強したり、取っ手などに使われている金属細工のことかしら。そういったものの感じで家具の質を判断できるのね。なるほど。
「あー、コーラル様おまたせっすー!」
と、イアンがコテージの方に楽しそうに声をかけた。既にネフライラ様はコテージの中に移動されたようで、玄関口にはコーラル様のお姿がある。ちょうど良かった、あの方のことを伺ってみましょう。
「あ、コーラル様。お尋ねしたいことがあるんですが」
「はい?」
「水、先に持ってっとくっすねー」
空気を読んでくださったのか、イアンはさっさと桶を持って中に入ってしまわれた。それを見送ってから、コーラル様が私に向き直られる。
「尋ねたいこととは?」
「はい。実は、先ほどなんですけれど」
今は掃除の時間なのだから、急いで合流しないといけないわね。というわけで、私は手短に先程のことをお話しした。そうするとやはりというか、コーラル様は「ああ」と頷かれる。
「間違いなく二年生ですね。騎士ウィロー卿のご子息、クレイス殿です」
「騎士様の……なるほど」
ルリーシアと同じ、騎士の子。立ち居振る舞いがそつないのは、そうあれと努力されたからだろう。騎士は私たちの家と違って一代限りの位、その子は自身が努力しなければ親と同じ地位には至れないのだから。
「ですが、本人は騎士よりも隠密というか忍というか、そちらの方を所望しているようでして」
「まあ」
そんなご本人の目標を伺ってしまって、少し驚いたわ。
隠密、忍。皇族や高位貴族の側に陰ながら寄り添いその身辺を守る、特殊にして重要なお役目。……存在すること自体は知っているのだけれど、本物を見たことはないわ。もしかしたら私にも付いているのかもしれないけれど、気配すら感じたことはないしね。
それでも、何というか納得はできたわ。足音もさせず、背後から気配もなく目標に接近できるあの動きは。
「それで、あの動きだったのですね」
「ええ。確かに、相性はよろしいかもしれません」
私の意見に、コーラル様も頷いてくださった。
ただ、ご本人は良いとして彼にはお父上がおられる。そちらは、どう考えておられるのだろうか?
「……ウィロー卿は、どのようなご意見なのでしょうか」
「一年生には、ルリーシア殿がいらっしゃるでしょう? 彼女と同じように騎士を目指してほしい、とは思っておられるようですね」
「なるほど……」
ルリーシアは、父のような騎士になりたいと願っている事をよく知っている。そのために身体を鍛え、剣術に邁進していることも。
対してクレイス様は、自身の進みたい道を進もうとしておられるようだけれど、それはお父上の願っている道とは違って。
「……難しいですわね」
「難しいですね。実際に騎士団に登用されたとしても、そこから素質を鑑みて異動することもあるでしょうし」
「ご本人の素質に合ったお仕事が、一番ですわね」
思わず、コーラル様と顔を見合わせて頷いた。
……私にとっては、ジェット様の妻としてモンタニオ家を支えるのが、一番素質に合っていると思うのよ。ええ。




