044.令嬢は己の場所に戻る
ところで、セレスタ嬢はご自身のコテージのお掃除をしなくていいのかしら。
そんなことを考えていたら彼女は、やっぱりというか何というか、口を滑らせた……というと言い方が悪いのかしら。
「私などが台に乗ったりしたら、多分壊れてしまいますからね」
「そうですね!」
ネフライラ様のお言葉に、何の躊躇もせずに大きく頷かれたのよね。あの、彼女はちょっぴりふっくらしておられるけれど、そこまで重くはないと思うのよ。多分。
「し、失礼しました、ネフライラ様」
「いえ、いいんですのよ。こういったことで、その方の本性が見えやがることもよくありますもの」
「あ、れ?」
とにかくひとまず謝ると、ネフライラ様は穏やかに許してくださった……と思ったのだけれど、やがるの言葉が出たということは怒っておられるのかもしれない。……えええ、どうしよう? 発言された本人は分かっていないようだし。
ってあら、セレスタ嬢の背後にどなたかがいらっしゃったわ。茶色の髪を短く刈られた、細身の殿方。同じ制服だから学生の方、よね。足音もせずに、あっという間にセレスタ嬢のすぐ後ろまで歩み寄って。
「セレスタ殿。水を汲むのはここではないぞ」
「ひっ」
そこから声をかけられればそりゃあ、セレスタ嬢も驚くわよね。わたわたされながら振り向いて、見事に動きが固まられたわ。
「水をこぼさずに持っていかないと、今の会話の一切合財を殿下にお伝えする。よそのコテージにまで出向いたこともな」
「ご、ごごごごめんなさいいいいい!」
その殿方に怒られて、セレスタ嬢は彼に謝りながらさっさと出ていかれた。あの、ネフライラ様には何かないのかしら?
「では。失礼した」
セレスタ嬢の後を追うように、殿方は軽く一礼されてその場を去られたわ。……多分、二年生の誰か、なのでしょうね。後でコーラル様にお伺いしてみようかしら。
「……セレスタ様、でしたわね」
嵐のようにおいでになって去っていかれたセレスタ嬢を見送って、ネフライラ様は何処か呆れたように声を上げられた。私の方を伺われた視線は、それでも優しいものであることにほっと安堵したわ。
「お噂は伺っていましたが、あれでよく子爵家の娘が務まりますわね」
「…………あれでもおとなしくなった方、ですよ」
「まあ」
本当のことを答えとして口にすると、やはり呆れ声が吐き出される。お気持ちはとても良く分かります、ええ。
「そう言えば、初日にそのお角をむしられそうになったとか」
「ええ……あの、そのお話もジェット様から?」
ネフライラ様のお言葉にあの日のことを思い出し、額に手をやる。そこにはちゃんと硬い感触があって、だから私の角はその場所に生えているわ。めき、というあの感覚は忘れられるものではないわね、ええ。
「ギャネット殿下とジェット様がおられなければ、何をしていたか分からなかったそうですわね」
「せめて最初に、一声おかけくだされば良かったのですが」
「そうですわねえ。さすがに宝角令嬢のお名前を知らなかった、というのは」
「変なところで有名ですからね、私は」
「ハイランジャのお家は、ご先祖様の伝説が色濃く残っておられますからね」
そう。伝説の鬼神を始祖に持つハイランジャ家の娘故に、角が生えたらそのご先祖様の末裔である証明だと喜ばれたのよね。そうして宝角令嬢、なんていう二つ名までいただいて。
でも、普通はそんな二つ名なんて持たないのが当然だし、持っていても知らない人もいるのは当たり前よね。それを教えてくださっただけでも、セレスタ嬢とお会いした意味はあったかしらね。……お相手するのが案外大変だけれど。
「さて。お水を運ばないと」
「皆さんをお待たせしてしまっていますわね」
「私たちもちゃんと、お掃除しませんとね」
水の入った桶を一つ残して、まずはお互いに一つずつ持って、コテージに戻りましょう。
多分、お掃除に専念したほうが気が楽だわ。




