041.令嬢は班分けされる
教師がぽんと手をたたき、私たち生徒の顔を見渡した。
「掃除が終わったら昼食の時間だ。そこだけは準備されてるから安心してほしい……まあ、それを食べたら夕食の材料を調達してもらうが」
「えー」
セレスタ嬢、これも気持ちはわかるわ。食事が終わったらすぐ次の食事の準備、ですものね。
でも、これは私たちの実家で厨房を預かる者たちは普段からやっていることに近いのだそう。さすがに野に入って食料調達、なんてことは頻繁にやるわけではないけれど。
「魚釣り、獣の罠を見に行く、木の実採集の三択になる。特に罠を選んだ者は覚悟してもらうぞ」
教師のおっしゃることに、全員が神妙な顔をして頷くわ。獣の罠、それを見に行くということはかかった獣を外し、生きていれば……まあ、そういうことだものね。
貴族の中でも、狩りを趣味とする方は存在するわ。でもそういった方でも、捕らえた獲物を自身の手で捌く方はほとんどいないのではないかしら。大概、従者を連れているしね。
まあそんなことはさておいて、教師はちらりとギャネット殿下に視線を向けてから、締めの言葉を口にされた。
「以上だ。ここからは、班に分かれて行動してくれ。……殿下もですよ」
「分かってるよ、先生」
たとえ皇子殿下であっても、学園の中では一人の生徒。口調はともかくそのことを実践されている……と思われる殿下は、軽く肩をすくめられたわ。あ、セレスタ嬢がうっとりと殿下を見つめているわね。が、頑張ってね。確か同じ班のはずだし。
さて。
どこのどなたが班分けを担当されたのかは分からないのだけれど、私はジェット様と同じ班で活動することになっているわ。三年生はもう一人女性と、二年生は……ええと、制服からしておそらく女性の方。一年生はイアンが同じ班に入っているわね。
「ジェット・モンタニオだ。こちらはオレアンダー男爵家のネフライラ様」
「よろしくお願いしますね」
ジェット様から紹介された、ネフライラ様。森のように深い緑の豊かなウェーブヘアと、ジェット様の髪に近い黒い大きな瞳が印象的な方ね。ちょっとふっくらされておられるけれど、落ち着いて見える方よ。
「コーラル・ジキタンです。父は帝立医学院で教授を務めております」
ああ、二年生の方は低いけれどお声でちゃんと女性だと分かったわ。ジェット様にも負けない長身で、私よりもはっきりとした金色の髪をお下げにまとめておられる。
おっと、私たちも自己紹介をしなくてはね。
「ハイランジャ侯爵家のローズクォテアです。どうぞよしなに」
「イアン・テッセンっす。鍛冶屋の跡継ぎっす」
私は宝角令嬢なんて二つ名を持っているし、イアンはお父上が高名な鍛冶師ということで、先輩方は皆温かく迎えてくださった。というか、ネフライラ様がジェット様の脇腹を肘で突きながら「良い方ですわね」とおっしゃっているのだけれど……え、私のこと?
「まったく……あー、うちの班は、俺が罠を見に行くから安心してくれ」
顔を真っ赤にされながら、ジェット様がそう宣言された。え、それは助かりますけど、でも何故かしら。
「父の領内巡回に付いていったときにな、ついでに食料調達といって取ってくるんだよ。解体もできるから、皆のところには調理前の食材の形で持っていけると思う」
ああ、そういえばそんなことをおっしゃっていたような。つまり、ご自身は慣れていらっしゃるので任せよと、そういうことなのでしょうね。さすがジェット様、頼もしくていらっしゃるわ。
「ジェット殿」
と、コーラル様が私とジェット様を見比べられてから、ジェット様の方に視線を固定された。
「せっかく婚約者殿と同じ班なのですから、もう少し二人きりの時間を作ろうとしても私は一向に構いませんよ?」
「勘弁してくださいっす。俺たち、コテージの外で寝なきゃならなくなるっすよ……えーと、コーラル様」
「ふむ、それは困りますね。ああ、コーラルさん、か先輩、で構いませんよ」
「コーラル殿!」
「イアン!」
ああもう、お二人して私たちのことをなんとお考えなのかしら! 思わずジェット様と同時に、お名前を呼んでしまった。
他の班はすでに移動されている方もいるようで、その他の方もこちらに意識が向いていないようだけれど、恥ずかしい。
……ところで、何もおっしゃっていないネフライラ様は……あ、とっても楽しそうに笑みを浮かべて私たちを眺めておられるわ。
「……お噂はかねがね伺ってましたが、本当に仲がよくて何よりですね」
「あの、ネフライラ様?」
「ああ、夜はさすがに同室とはいきませんからね? いくら婚約者同士とはいえ、婚姻前にお子ができてしまっては、ハイランジャもモンタニオも大変でしょうし」
「分かっておりますわ」
「分かっている」
夜を共にするのは婚姻後の初夜から、と私は決めているの。だから、そんなことはしないわ。ええ。
ね、ジェット様?




