040.令嬢は到着する
日程、三泊四日。
目的、他学年との交流及び自立心の向上。
場所、皇帝直轄地クリスル湖畔別荘。
実質的に夏の避暑旅行、みたいなものでもある合宿の目的地に、馬車に揺られ揺られて私たちは到着した。早朝に学園を出て、今は昼前。そんなに遠いわけではないのだけれど、周囲が森で囲まれている静かな地だからすごく離れた、という印象を受けるわね。
そうして。
「……これ、別荘なんですか?」
「そりゃ、皇帝陛下とその家族が使うやつだからな」
ぽかんと目の前の光景を見つめるグランに、ギャネット殿下は明るくお答えになった。
まあ、普通のお屋敷より広々とした敷地と建物ですものねえ。ああ、うちの実家より大きいのよ、この『別荘』は。
その持ち主のご子息である殿下は、グランとそしてセレスタ嬢にお声を掛けられている。彼ら二人以外の者は中等部から、編入生も高等部でこの別荘には来たことがあるので、ここを初めて見るのはその二人だけだものね。
敷地の中にいくつか立ち並ぶ建物のうち一番大きな屋敷を示して、殿下はお言葉を続けられた。
「これが母屋で、周囲を見れば分かるがコテージが四つある。それぞれに各班が分かれて生活することになるから」
「それで四班構成なんですか」
「ああ」
グランが確認の意味で投げかけたであろう問いを殿下は一言で肯定され、そうしてセレスタ嬢に視線を向けられる。「わ、分かりましたわ」と慌てて頷いたのは、殿下の視線がそういう意味合いだと理解できたからね。きっと。
私たち一年生、すぐ上の学年である二年生、そして殿下やジェット様のおられる三年生。その三学年を縦割りで四班に構成し、それぞれが母屋の周囲に建っているそれだけで平民の一軒家に相当するコテージで生活するのがこの合宿。
……二年生は該当年齢の方が少なくて、一班にお一人いるのがせいぜいといったところだったわね。中等部の時は班分けが少なかったから、それで人数を調整していたのかもしれないわ。
「母屋には管理人、教師と近衛隊の代表が待機してるから、何かあったら押しかけてやれ」
「……近衛隊なんですね……」
「普段からここらへんの警備やってる連中だ、これも任務のうちさ」
セレスタ嬢、ここは皇帝ご一家が主にお使いになる別荘なのよ。当然、警備は近衛隊の任務だわ。
とはいえ、私も説明されてやっと納得した口ではあるのだけれど。他の皆も、だいたいそうじゃないかしら?
別の馬車から降りてこられた二年生は、総勢四名。編入生がおられなかったようで、数は増えていないわね。
三年生はギャネット殿下とその横ではあとため息を付いておられるジェット様を含めて七名。一班につき一人か二人、というところ。
その全員が揃ったところで、引率役の教師が声を上げられた。私たちは存じ上げないお顔なので、三年生の担当の方かしら。細身の銀髪で、眼鏡の似合う壮年の方。
「さて。班ごとに分かれてそれぞれのコテージに入れ。今日は初日だからまず、自分たちが暮らすところの掃除からだ」
「え」
「管理人さんとかがやってないんですか?」
「そんな頻繁にやるもんじゃないし、合宿前は学園の生徒がやるからほっとけと勅命が出てる」
「勅命……」
ええ、これまた初耳であろうグランやセレスタ嬢が顔を引きつらせるのも分かるわね。中等部の合宿でここに来たときにそのことを伺って、私たちも固まったもの。
「ちなみに、高等部の終了後すぐに中等部が入るから、変に汚く使ってみろ。恐ろしいことになるぞ」
「家々の不仲の理由が合宿先の掃除、なんてことになったら先祖に顔向けできませんものねえ」
教師の言葉に、ジェット様が軽く頬をかかれる。実際にそう言った事があった、ということはないようなのだけれど、過保護な親御さんを持つ方がおられたりしたら大変ですものね。いえ、それ以前に自分たちが使った場所を汚したままで引き払うなんて恥ずかしいわ。
「あ、俺も城で暮らしてた頃は自分の部屋くらいたまには掃除しやがれと皇后陛下にどつかれたからな? 下々の仕事がどれだけ大変か、一回経験しろって言われたし」
「わ、分かりました」
今ここにいる全員の中で一番位の高いギャネット殿下がそうおっしゃるので、私たちは首を縦に振ることしかできないわね。もっとも殿下、私たちを脅迫しているわけでも何でもないのだけれども。




