004.令嬢はのろける
「それにしても」
ふっと、シンジュ様が私に視線を合わされた。はて何でしょう、と小さく首を傾げてみる。
「ローズはこの学園にジェット様がいらっしゃるから、羨ましいわ」
「え? ええ、まあ」
は、と一瞬で顔の温度が上がるのを自覚してしまった。
この学園に在籍する者は、貴族の子弟がほとんど。その中でも、入学してきたときには既に婚約者が決まっている者はかなり多い。多いのだけれど……年齢差がそれなりにあると、学園の中でお相手と遭遇することはできなくなるのよね。
中等部が二年、高等部が三年。五、六歳以上の差がある相手との婚約なんて珍しくないのだから、当然のことよね。私はたまたま、ジェット様と二歳しか違わないだけで。
「でも学年が違いますから、あまりお会いできないんですよ」
「学年まで同じだと、見てるこっちが気恥ずかしいですわよきっと」
ちょっとした、贅沢な不満を口にすると、シンジュ様ににこにこと答えられた。……ああ、確かに婚約者同士が同じ教室内にいたらそれはそれで、大変そうねとは思う。本人同士の思いが通じ合っていないならともかく、私とジェット様はそれなりに思い合えている、はず、だし。
あ、また顔が熱くなってしまったわ。
「ローズ様はほんと、ジェット様のことがお好きで仕方ないから」
「う……いいじゃないですか、どうせ妻となるんですもの、夫となる人を好きになれたほうが」
「それは否定しないわね」
外から見たら真っ赤になっているであろう、私の顔を見てシンジュ様は本当に楽しそうに笑っておられる。
いやだって、私の父と母もそれなりに幼い頃からの婚約者だったそうだけど、今でもとても仲睦まじくて……見ているこちらの方が恥ずかしくなるくらいに仲がよろしくて。どうせ同じ屋敷で生活していくのだから、そのほうがいいに決まっているじゃないの。
「昨年までは中等部と高等部でしたから、余計にお会いできなかったのではなくて?」
「同じ敷地の中におられる、というだけで嬉しかったのは事実ですけれど」
「それでも、何かあれば飛んでおいでになるじゃないですか。先ほどみたいに」
シンジュ様のお言葉についつい本音を返すと、サンドラがニヤニヤしながら言葉を挟んできた。その笑顔、あまり外ではしないでほしいわね。
……とはいえ、サンドラの言う通りなのだ。額の角だったり家柄だったりただのゴタゴタだったりで私周りで問題が起きると、ジェット様はすぐにすっ飛んで来られる。そのたびごとに私が大丈夫ですから、とたしなめてお戻りいただくのだけど……でも、正直に言えばジェット様のお顔を拝見できて嬉しくてたまらなかったわ。もっとも、問題が起きるというのはそれはそれで面倒だったのだけどね。
「私の婚約者は、セラフィノ様はとうに学園を卒業していますものね。本当に、ローズ様がうらやましいわ」
私の気持ちはさておいて、シンジュ様が頬に手を当てて小さくため息をつかれた。九歳年上のセラフィノ様のことを、シンジュ様は私がジェット様を思うのと同じように……もしかしたらそれよりも強く、思っておられる。
「セラフィノ様であれば、父の配下として騎士団で良い成績を上げておられると聞く。それも素敵だと、私は思うがな」
「ありがとうございます、ルリーシア。あなたのお父上に目をかけていただいているのであれば、将来有望ということなのでしょうね」
ルリーシアにセラフィノ様のことを褒められて、シンジュ様はとても嬉しそう。実績を積み重ねておられる故のことだから、余計にね。
かのお方については中等部の頃にお話を伺ったことがあるけれど、確か侯爵家の次男でシンジュ様のところに婿養子として迎え入れられるご予定だとか。お家は血を重んじるとかでシンジュ様がお継ぎになるのだそうで、セラフィノ様はその配偶者としてシンジュ様のお力になるのだという。
『それで、わたくしの伴侶にふさわしい男になってみせるとおっしゃってくださいましたの』
白い頬を軽く赤らめられたシンジュ様のあの照れくさそうな笑顔、今でも思い出せるわ。それは私だけでなく、今ここにいる皆もきっとそうだと思う。
「そう言えばラズロ様、あなたの婚約者についてはあまり話を聞いておりませんね?」
「え、俺ですか?」
ここまでじっと会話を聞いていただけのフォスの言葉に、皆の矛先が私たちからラズロに変更される。今年中等部ということは、とても可愛らしいお嬢様なのでしょうね。
さあ、今度は貴方の話を聞かせてくださいな、ラズロ?