039.令嬢は行事を待つ
「お分かりになりまして?」
「はい! ありがとうございます、シンジュ様!」
「いえ、セレスタ様が飲み込みが早くていらっしゃるから」
シンジュ様がセレスタ嬢をお説教してから一ヶ月。その後、お説教の内容を理解してくださったのかセレスタ嬢は、熱心に勉強なさるようになった。難しくて分からないと思えばシンジュ様を始めとしたクラスメートや、時には教師にまで質問に行くこともあるわ。
「言動はともかく、素で頭が良さそうなのは良かったな」
「輿入れした先で重宝されることは間違いないものね」
「サンドラもやればできるんだから、ちょっとは頑張ろうよ」
「それを言うなら、あんた自身も頑張らないと。いい奥さん見つからないよ?」
「うぐっ」
アレクセイとサンドラが、双子コントを繰り広げているわね。でも、二人の言うことも間違ってはいないわよ。
セレスタ嬢はきちんとお勉強するようになってから、様々な知識をあっという間に吸収しているとシンジュ様が感心しておられたわ。
それに、貴族の妻はその家の主とも言える存在になる。財産管理や使用人の扱い、他家とのお付き合いや交渉ごとなど、やるべきことは山ほどあるものなのよ。ある程度は家令や執事にやってもらうとしても、それだけの責任を負わなければならない。まあ当然、頭が良い女性は妻候補、婚約者候補として注目されるわね。
私も頑張って、ジェット様の妻となる日のために勉強しているわ。ただ、数字関係は面倒なのよね。計算が大変で。
不意にサンドラが、ぽんと手のひらを合わせて声を上げた。
「そういえば、もうすぐよね。湖畔での合宿」
「ああ、そうだね」
アレクセイもそのことに思い至ったのか、顔を綻ばせる。クラスメートたちも「そう言えば」「準備しなくちゃね」と声を上げるのだけれど、グランとセレスタ嬢だけは不思議そうに首を傾げているわ。
「合宿?」
「合宿、ですか?」
「ああ。セレスタ様とグランは、初めてですわね」
シンジュ様がくすりと微笑まれて、小さく頷かれる。ああそうか、この二人は高等部からの編入だから、中等部で経験してはいなかったのよね。ついすっかり、忘れてしまっていたわ。
「年に一回、皇帝直轄領にあるクリスル湖畔の別荘で合宿がありますの。使用人や料理人がまったくいなくても、きちんと生活できるように先輩方から手際を教わりますわ」
「中等部と高等部は別日程だが、それぞれは全学年合同となる。その中で数名ごとにグループを作って、そのグループで生活することになるな」
シンジュ様、そしてルリーシアが大雑把に説明する。詳しいことは資料を渡されるけれど、その内容をかいつまんで言えば今の説明になるのよね。
ちなみに、皇帝直轄領にある別荘という時点で家主がはっきりしているわけだけれど、うっかり壊したりしても特にお咎めはないとのこと。ただし意図的に破壊された場合には、その当事者に責任をとってもらうらしいわ。家ではなく、個人に。前例は……ない、とは聞いているけれど、さて。
「へえ……あれ」
その説明をおとなしく聞いていたグランが、ふと顔を上げた。
「料理人いないってことは、当然三食自炊になりますよね」
「そうなる。ああ、ある程度は材料も調達してこないといけないぞ。魚を釣ったり、果実を収穫したり」
「なるほど」
ルリーシアからの返答を受けて、グランは楽しそうに微笑んだ。……商人のご子息だから、私たちにはない知識を持ち合わせているかもしれないわね。
それは、庶民として育ってきたセレスタ嬢も同じこと。もしかしたら、もっと良いところを見せてもらえるかもしれないわ。
そうしたらひょっとして、彼や彼女たちに注目が集まるかもしれないわね。




