037.令嬢は過去の話を知る
「数代前のお話だと、伺っております。当時の方は既に、皆冥府へと渡られたそうですわ」
ここにいる私たち……いま出ていかれたセレスタ嬢を除く高等部一年全員を見渡して、シンジュ様はお話を始められた。
「当時の皇帝陛下のお子様がたのうち、第一皇子殿下が平民の女性を見初められたそうですの。その殿下には既に、婚約者の女性がおられたにも関わらず、です」
「婚約者の方と同等レベルのお家柄の方であれば、それは問題ですわね」
「ええ。ですが、相手は平民の方でした」
私の言葉に、シンジュ様は頷いてくださった。
婚約者と同じくらいの家柄の方に気が移られたとして、婚約者のお家が黙っているわけにはいかないもの。ことによれば相応の賠償や、最悪の場合は戦にまでつながる問題よね。
一方、この話の場合相手は平民だった。……皇族の方が平民を見初めた場合、特に相手が女性であれば意外と問題はないはず。相応の解決方法があるのだけれど……それで済めば、後世にまで残るような問題は起こらなかったわけで。
「皇族や貴族は一夫多妻制を認められておりますから、殿下には平民の女性を側室として娶らせ、婚約者のかたを正式な妃として迎え入れるよう周囲は働きかけたそうですわ」
「第一皇子殿下ともなれば、それが普通ですよね」
それが、皇族の男性が平民の女性を見初めた場合の解決策。下級貴族の場合でもこれは適用されるのだけれど、さすがに公爵や侯爵クラスともなると、実家側のプライドが認めない場合も多々あるらしい。
グランが頷いたのは、側室になる女性には商人の娘も数多くいるから、らしいわね。皇族との結びつきを深めるために、大商人が自身の娘を差し出すのだとか。
「すると、そうはならなかった、と」
「ええ」
フォスの問いにシンジュ様は、真剣な顔をして頷かれた。
「見初めた女性以外と婚姻関係を結ばれることを、その殿下は拒否されたそうです。婚約者の女性は平民女性を故意に貶め傷つけ、殿下から引き離そうとした、と疑いをかけられて婚約を解消されたとか」
「は?」
「婚約者のかたとそのご実家は冤罪だ、と皇家に上申されたのだそうですが聞き入れられることはなく、逆に爵位を剥奪されたそうです」
「え、何ですかそれ」
ルリーシアが目を丸くし、ラズロが顔をひきつらせる。もちろん私も、多分ひどい顔をしているのでしょうね。
実際にそのようなことをすればそれは当然、皇族に連なるものとして相応しくないと処分されることはあるだろうけれど。昔の話で今となっては確認のしようもないだろうが、もし本当に冤罪だったとすれば。
皇族は罪もない一族を貶めたことになる。……もちろん、今までにそのようなことがないとは言わないけれど、でも。
「結果、その一族はあくまでも冤罪を訴えながら自ら屋敷に火を放ち滅んだ、と記録が残っておりますわ」
「何つーか……酷い結末っすね」
イアンが顔を歪めながら口にした一言が、結局のところ私たちの感想になるのだろう。酷い結末、そうとしか言えない。
「あ」
話を聞きながらしばらく考え込んでいたらしいアレクセイが、不意に声を上げた。サンドラと顔を見合わせて「あの話だよね」「ええ、多分そうね」と言葉をかわしている。……なにか知っているのかしら?
「うちの領地の端っこにある屋敷の廃墟じゃないかな、それ」
「焼け落ちた屋敷が、実在するのか?」
アレクセイがそう言ってきたところに、ルリーシアが問う。火を放たれた屋敷の跡が未だ残っているのならば、それはシンジュ様のお話が実際の事件によるものである証拠になるわね。
「ええ。黒焦げに燃え尽きた屋敷の残骸が残っておりますわ。周囲は庭園だったのでしょうが、すっかり荒れ放題で」
「過去に自ら火をかけた貴族の屋敷、と教えられたことがあります。当時のことを覚えている者はもういない、とその時言われました。だから、多分」
サンドラが、アレクセイが紡ぐ言葉を、私たちはじっと聞いている。シンジュ様も痛々しい表情になり、唇を噛み締められた。
「一族の幽霊が出るって噂があるんですよ。なので、誰も近づきません」
「一度家のものが偵察に出たことがありまして、その報告ですと雨風もしのげないレベルだったそうですわ」
屋根も壁も焼け落ちて、そこで焼かれた一族が未だに迷う、廃墟。
昔々の物語がここに来て、ぞっとしない歴史として目に見えたように思う。




