036.令嬢はやる気になる
「は、はい」
シンジュ様にまっすぐに見つめられて、セレスタ嬢は固まったまま何とか首を上下に動かされた。
今のままではギャネット殿下の隣にいるには相応しくない、と言われたことが理解できたのかしら。そうだといいわね。
「皇族に嫁ぐには、その者にも相応の身分が求められます。これも、『うるさい周囲』を黙らせるため、と言ってしまえばそれまでですが」
なおもシンジュ様のお言葉は続く。『うるさい周囲』、すなわち皇帝陛下や第一皇子殿下を始めとした皇帝家の方々、皇家に仕える多くの方々を意味する言葉。
スターティアッド家に長きに仕える方々は、それはそれは頭が固くて面倒なのだと以前にギャネット殿下が愚痴をこぼしておられたわね。
「もし身分が足りずとも……その本人のありようが皇族の妃に相応しいと誰もが認めるのであれば、よろしいのですが」
少し考えられて、さらにシンジュ様はお言葉を紡がれた。確かに、男爵や子爵家の娘が皇帝家に妻として迎えられた例が……無きにしもあらず、というところかしら。ただ、基本的には側室や愛妾、という扱いだったはずだけれど。
「もしくは、そのお相手が『うるさい周囲』を黙らせたいほどその方に惚れ込めば、あるいは可能性があるかもしれませんが」
「分かりました!」
その後に提示された『可能性』に、セレスタ嬢が敏感に反応された。というか、ご自身に一番面倒がない方法として受け入れられたのか。
……現実的には一番そぐわない方法、だと思うのだけれど、大丈夫かしら?
「ありがとうございました、シンジュ様! 私、皆に認めてもらえるように頑張ります!」
「は」
ぽかんと目を丸くされたシンジュ様や私たちの間を縫うようにして、セレスタ嬢はさっさと教室を出ていかれた。ひどく足取りが軽かったから、上機嫌になられたのでしょうね。
それはいいのだけれど、一体どうなさるおつもりなのかしら?
「あ、セレスタ様……」
「行ってしまわれましたわ」
「スキップしていましたね」
シンジュ様がお声をかけようとされるまでひどく時間が空いたのは、致し方のないことで。思わず私とフォスが互いに見合わせて声に出した言葉を「え、ええ」と頷かれたところでやっと、現実に戻ってこられたようよ。
「シンジュ様」
そこからしばらく静かになった教室内で声を上げたのは、ルリーシアだった。シンジュ様に向き直り、少々困った顔で問いを投げかける。
「うるさい周囲を黙らせたいほど惚れ込めば、という話だが……その、少々問題ではないかな?」
「それはそれで、面倒事が起きそうですよね」
グランが同調して、大きく頷く。皇族自身の色恋沙汰、ここ数代は問題が起きたことはないはずだけれど……古い昔には、あるのだったかしら? そのあたりには興味がなくて、あまり覚えていないのが困りものね。
「起きそう……ではなく、起きたことがありますわ」
その私の疑問、そしてクラスメートたちの疑問にお応えくださったのは、やはりというかシンジュ様であった。はあ、と大きなため息とともにそのお答えを吐き出され、がっくりと肩を落とされて。
「え」
「あるんすか」
それまで口を挟むことのなかったアレクセイやイアンが、ぎょっとした顔になる。まあ、女性同士の会話だったし中身も中身だから、ラズロやグランも含めてあなたたちが口を出せないのはよく分かるわ。サンドラは呆れ顔で見ているだけだったし……それは私とフォスも、大して変わりはしないわね。
「これは歴史を調べれば分かることですので、隠しても仕方がありませんわね」
もう一度大きくため息をつかれてから、シンジュ様は私たちを見渡す。どうやら、お話くださるようね。




