035.令嬢は質問に答える
「ギャネット殿下、ですか? ええ、確かに喧嘩仲間……というよりは、喧嘩相手というのが一番正しいですわね」
午後の授業を終えた教室で、シンジュ様は質問をぶつけたセレスタ嬢に対しゆったりと笑顔で答えられた。ちなみに質問の内容は「シンジュ様とギャネット殿下は喧嘩仲間なのですか?」という至極単純なもの。
「殿下と喧嘩するんですか?」
「幼い頃の話ですわ」
その話は私や同じクラスの皆も以前に伺ったことがある。……そうすると、セレスタ嬢と同じく編入生であるグランは初耳のようね。
せっかくだから、しばらく二人のやり取りを見ていましょうか。
「年齢の近い親戚ですから、その後も顔を合わせる機会はございました。その頃にはお互い、それなりに成長しておりましたから当たり障りのない会話で済ませておりましたわね」
「親戚づきあい、大変ですもんねえ」
「ええ。それと、殿下は未だに婚約者がおられませんから、不要な噂を立てられぬようあまり親しくはしておりません」
セレスタ嬢のおっしゃる親戚づきあいと、シンジュ様のおっしゃる親戚と顔を合わせる機会は近いようでかなり違う気がするのだけれど、どこがどう違うか私には説明できないわ。セレスタ嬢が親戚づきあいの経験があるとすれば、それはお母様のもとで庶民として育ったときのことだろうし。
「というか、セラフィノ様はわたくしにとても優しくしてくださいますし」
「ああ」
婚約者であらせられるセラフィノ様のお名前が出たところで、シンジュ様の普段は白く穏やかな表情がほわりと赤く染まった。
フォス曰く「ローズ様がジェット様と言葉をかわされているときと同じ表情ですよ」だそうだが、私もあんな顔をしているのかしら。ちょっと、恥ずかしいわ。
「父から聞いた話でしか知らんが、セラフィノ殿は暇さえあればシンジュ様のことをのろけておられるそうだ。お互いに深く思い合っておられるのだな」
「もちろんですわ!」
セラフィノ様のことはシンジュ様の次によくご存知のルリーシアが、ちらりと口を挟んだ。張り切って答えられたシンジュ様はとても幸せそうに、ふわふわとした笑顔を私たちに見せてくださっている。
「ええと」
ああ、さすがのセレスタ嬢も僅かに引いておられるわね。でも、あなたの普段の態度よりはその、マシよとはっきり言って差し上げたほうがいいのかしら?
「シンジュ様、は、ギャネット殿下の好みの女の子とか知ってるんですか?」
「好み……ですか」
あら、何という質問を投げかけられるのかしら。というか、シンジュ様がそのようなことをご存知なのか、分からないわよね?
それでも考えてお答えくださるのがシンジュ様、なのだけれど。
「まあ、少なくとも皇子の配偶者たる態度と知識を持ち合わせた者というのが前提になりましょうか」
「そうじゃなくって、殿下個人の好みですう」
「……そのようなものを知って、どうなさるおつもりかしら」
セレスタ嬢の言葉に、シンジュ様の声が少し厳しくなられた。まあ、セレスタ嬢としては殿下の女性の好みというものを知ってそれに近づきたいのだろうけれど。
ただ、セレスタ嬢はどうやらご存じないようね。私たち貴族における決まりと、そして現実を。
「色恋好みで配偶者を選べるのは、家を背負わない者だからこそですわ。わたくしどものように家を背負う者、殿下のように皇族としての血を持つ方の配偶者は、相応の家から選ばれるのがこの国の決まり」
そのことをよくご存知であるシンジュ様は、つい先程までの穏やかな表情からは一変、真剣な面持ちで言葉を紡がれる。厳しい視線で、固まってしまわれたセレスタ嬢を見つめながら。
「まあ、配偶者候補が複数おいでになってその中から選べる、というのであれば当人の好みも考慮されましょうが」
手の中で弄ばれていた扇子が一度開かれ、ぱちんと音を立てて閉じられる。既にその口元には笑みもなく、シンジュ様は小さく息をつかれた後に答えを言葉として吐き出された。
「先程申し上げた前提、ギャネット殿下はそれに値せぬ者を自らの伴侶には選ばないでしょうね。これでお答えになりましたかしら? セレスタ様」




