034.令嬢は説明を受ける
「親戚なんですかあ?」
「ガンドレイ帝国ではな、公爵ってのは皇帝の身内が皇帝家を離れて独立するときにもらう爵位だ。知らないなら、覚えておけ」
一応、私たち貴族の中では常識となっている事柄。どうやらご存じなかったらしいセレスタ嬢に、殿下は呆れながらも説明してくださる。
元皇族であるがゆえに、公爵の地位は高いのよね。……その次に地位の高い侯爵位に戦の功績でのし上がった我がご先祖様は、どれほどの首級を上げられたのやら。記録は残っているのでしょうが、調べるのも大変そうね。
そんなことを考えている私をよそに、殿下のご説明は続いているわね。
「シンジュの家、クラッスラは数代前の皇帝の姉が独立して興した家だ。始祖が女性ということもあってか、代々爵位を継ぐのが女性と決まっている」
「けれど、他にも女性皇族が興されたお家はありますよね」
「クラッスラの始祖が目立ってしまってな、他の家は遠慮してるんだ。別に男女どっちが継ごうが、俺の知ったことではないがな」
フォスの言う通り、公爵家のいくつかは女性皇族の方が興されたお家柄ね。だけどそれらの公爵家はほとんど、男性が継ぐか第一子として生まれた方が継ぐか、という形になっているわ。女性が継ぐ事になっているのは、シンジュ様のクラッスラ家だけね。
「それはともかく。そういうわけでシンジュはクラッスラの家を継ぐから、最初から俺の婚約者候補には入っていない。俺もまるっきりそういう目で見たことはないし、今となってはセラフィノに失礼だ」
なるほど。ご親戚で近しい間柄故に、逆に結婚相手として見ることはできなかった……と殿下はそう、おっしゃりたいのね。ご兄妹のような感じ、ということであれば私にも理解はできるわ。
そして、シンジュ様には既にセラフィノ様という立派な婚約者がおいでになる。今更どうこう言うことでもない、とも。
「俺にしてみればシンジュは、どちらかと言うと喧嘩仲間だ。色恋沙汰の相手にも、同じ家を守るための相手にもならん」
「あら」
「その点、セラフィノは騎士団での地位を徐々に高めつつあるからな。公爵家への婿入りも歓迎されるだろうさ」
……シンジュ様が、ギャネット殿下の喧嘩仲間? それはさすがに初耳だわ。セレスタ嬢はともかくフォスも、そしてジェット様もそれは同じらしくて皆一様に目を丸くしている。多分、私も。
「ま、俺も学園を出たら公爵位と領地もらうことになるかな」
「では、もうすぐですのね」
「ああ」
そうして、ギャネット殿下は皇族に残られるつもりはないようだ。もちろん、兄君に何かあればすぐにでも戻られるのだろうけれど。
「俺の地位が落ち着いたところで、父上は兄上に譲位したいらしい。皇帝やめて、辺境で熊でも狩りたいんじゃねえかな」
「ほえ?」
「失礼ながら殿下。それでは熊が滅びませんか?」
「そうなんだよなあ」
おかしな声を上げたセレスタ嬢をフォローするように、思わずしょうもないお伺いを立ててしまったわ。
いえ、現在の皇帝陛下はそもそも格闘だの剣術だの弓術だの様々な武術なり戦の技術をマスターしておられて、私は伝聞でしか知らないけれど即位前に本当に熊を倒されたこともあったとか。
皇帝位を降りられた後熊を狩りに行くとなると、本当に熊が滅亡してしまうかもしれないわ。毛皮や肉、爪などもそれなりに利用法があるのだから、いくら恐ろしい獣でも滅ぼしてしまうのはどうかしら、ねえ。
苦笑するしかなかったところで、セレスタ嬢が現実に戻ってきたかのように声を上げられた。
「殿下、公爵になるんですか?」
「おそらくな」
今のお話、あなたはそこで聞いていらしたわよね。そう声を上げて突っ込まなかった私を、どなたか褒めてくださらないかしら。
殿下もそうおっしゃりたかったのかどうかはわからないけれど、それでもきちんとセレスタ嬢に、手短に説明をなさる。
「いつまでも皇子様、ってわけにもいかないのさ。城の中でもうるさい連中がいるし、外に出たほうが気が楽だ」
「ええー……」
「何だ。お前が俺の立場に口を出す権利などないぞ?」
「そ、そうですけどお」
人前で口を尖らせるのはあまりお行儀がよろしくありませんわよ、セレスタ嬢。
といいますか、皇子の妃でも公爵夫人でも、そんなに変わらないと思うのだけれど。はて。




