033.令嬢は頑張ってみる
「ふむ。あの子ネズミ、少しはおとなしくなったか」
フォスを連れ、食堂でお会いした殿下とジェット様と昼食を共にしているときにセレスタ嬢のお話をすると、殿下はあっさりとそんなことをおっしゃった。思わずジェット様が眉をひそめ、たしなめようとされる。
「子ネズミって、殿下……」
「小柄であちこちチョロチョロしててキーキーうるさい。そっくりだろうが」
『……』
実はそっくりだ……などと口に出すこともできず、かと言って違うなんて言うこともできなくて私たちは、全員無言になってしまったわ。……ひ、ひとまず本日のメニューである白身魚のフライ定食を食べ進めることにしよう。
しばらくそのまま食事を進めていると……まあ、殿下おっしゃるところの子ネズミ……こほん、セレスタ嬢が昼食のトレイを持っておいでになったわ。
「ぎゃ、ギャネット殿下っ」
「ん」
あら、いきなり座らずに殿下に声をかけられたわ。ちなみに反対側の隣にはジェット様が座っておられて、その向かいに私。殿下の向かいの席に、フォスが腰を下ろしている。
「お、お隣、いいですか?」
「ふむ、なかなか度胸があるな。構わんぞ」
「ありがとうございますっ」
きちんと尋ねて、殿下からお許しを頂いたのでお礼を言って、空いた席に腰を下ろす。殿下ではないけれど、確かに度胸のある方よね、セレスタ嬢って。
「いただきます」
そうして、普通に食事を始められた。あら、殿下にまとわりつくのが目的ではなかったのかしら……まあ、おとなしく食事されているのなら良いことにしましょう。こちらに迷惑がかかるわけでもなし。
セレスタ嬢が落ち着いているのを見計らったのか、ジェット様が殿下に声をかけられた。
「お許しになるのは珍しいですね」
「度胸を買ったまでだ」
さすがに、子ネズミなんて言葉はお出しにならないわよね。ちょっとヒヤヒヤしながら、食事を続けるわ。
「学園内のくせに、人の身分を気にする者ばかりだからな」
「我々はどうしても、外に出た後のことを考えてしまいますからね」
「うちの先祖はそういう面倒ごとを引きずらなくていいように、と考えていたはずなのだがな」
殿方お二人は平気で会話を交わしておられるわね。もっとも、固有名詞をお出しになっていないこともあってお隣のセレスタ嬢はどうも、自分のことが話題になったと気づいていないようだけど……少しは気づいてもいいと思うのに。
「とはいえ、どうしても身分はついてまわるものですしね」
フォスがぽつり、と言葉を落とした。……この中では、実家の格が一番低い男爵家の出であるフォスは、時折そのコンプレックスを表に出すことがあるわね。こればかりは親の問題でもあるし、私からはなんとも言えないわ。
「そう言えばシンジュが同い年だったか、お前たちは」
「はい」
私よりも実家の格が高い、公爵令嬢のシンジュ様。彼女のことを出されて私たちは、一様に頷いて答える。と、セレスタ嬢がサラダの野菜を飲み込んでから口を開かれた。
「公爵の娘さんって、みんなああいう感じなんですか?」
「ん?」
ああいう感じとはどういう感じなのかしら、と私は思ったのよ。だけれどギャネット殿下は、そう言った疑問をお持ちにならなかったのかどうなのかはともかく、少し考えられてから大きく頷かれた。
「よその娘も似たようなもんだろうがまあ、シンジュは子供の頃から変わってないぞ」
「子供の頃、知ってるんですか?」
「シンジュの実家、クラッスラ公爵家はうちとはそこそこ近い縁戚だ。身内ってことで、何だかんだで顔を合わせる機会も多いからな」
セレスタ嬢の質問に失礼ながらそれなりに丁寧にお答えしていた殿下は、その答えに対する「えぇえっ!?」というセレスタ嬢のある意味彼女らしい反応にぴたり、と動きを止められた。




