031.令嬢は言葉を正す
さて、翌朝。
朝食も普通に食堂なりカフェなりで摂るのだけれど、今日はフォスと一緒にカフェでモーニングセットを頂いている。トーストにバター、チキンサラダにハムエッグ、デザートのヨーグルトというさっぱりした組み合わせで、食べやすいので気に入っているわ。
と、そこへセレスタ嬢が入ってこられた。むっとした顔で店内を見回し、私たちを見つけてまっすぐにやってきて。
「お、おはようございます、ですわ!」
「え、あ、おはようございます」
「……おはよう、ございます」
朝のご挨拶をして、それからご自身もテーブルについて注文された。……ええと、最後の「ですわ」はいらないのではないかしら?
「……何でしょうか、あれ」
「さあ?」
さすがにフォスと顔を見合わせても、答えは出てこないわね。ひとまず、朝食を頂いて授業の準備をしないと。
「おはようございますですわ、シンジュ様!」
「まあ」
そうして授業を受けるために入った教室で、朝食の続きが繰り広げられていたわ。他のクラスメートたちが固まったりうんざりしていたりする中、どうやら最後にご挨拶したのがシンジュ様に、らしいわね。
さて、シンジュ様はどう対応されるのだろうと席に着きながら様子を見ていたのだけれど、さすがは公爵家を継ぐお方。落ち着いた態度のまま、ゆったりと答えを返された。
「おはようございます、でよろしいのですよ? セレスタ様」
「え、でもお」
セレスタ嬢ご本人は、シンジュ様のお言葉にどこか不満げな表情をされているわね。それでもシンジュ様は笑みを浮かべ、お言葉を続けられる。
「誰にでも丁寧に話しかけようとするそのお考え、わたくしは素晴らしいと思いますわ。ですが、使い慣れない言葉は大変なのではないかしら」
「そ、そうなんです、わ」
「そうなんです、で構いませんよ」
そうね、そこの「わ」もいらないわね。無理につけて丁寧さを出したいのでしょうけれど、何というか。頑張っておられるのはわかるのですが。
「わたくしどもは周囲がこのような言葉遣いをしてきたものですから、こうでなければならないものだと言うふうに育った結果、自然とこうなりましたの。ですから、そうでないセレスタ様が無理をなさることはありませんわ」
「……どうせ、私は庶民育ちですもん」
公爵家にお生まれになり、その家を継ぐことが決定されているシンジュ様だからこそのお言葉なのだけれど、セレスタ嬢はぷうと頬を膨らませた。生まれや育ちが異なることで、すねていらっしゃるのかしらね。
だけど、セレスタ嬢。お忘れではないかしら? 庶民育ちの者、貴族ではない者は、あなただけではないことを。
「俺なんて生まれたときから庶民っすよ。言ってしまえば、鍛冶屋の息子なんすから」
「私も、父が成り上がりに近いぞ。古い騎士の家柄の方には、今でもそう言われる」
「ルリーシアのお父上が成り上がりだったら、うちは成金ですな。こちらもよく言われることですが」
イアン、ルリーシア、そしてグランがそれぞれに自身の出自を述べられる。ルリーシアのお父上は実力で騎士団長としてのし上がられた方なのに、古参の騎士の方々はそのようなことをおっしゃるのね。
そうしてシンジュ様が、軽い止めのようなお言葉を口に出された。
「まあ、貴族が外に作った子供を引き取る、というのは時々伺う話ですわね。……学園長も実はそうなのですけれど、ご存知ありませんでした?」
「へ?」
「ですから、今の皇帝陛下の姉君であらせられるのに皇位を継げなかったのですよ。貴族の周囲以上に、血筋にうるさい方々が多かったそうですの」
「あ、そ、そういえば、そんなことを聞いたような……」
学園長が未だに独身を貫いておられるのも、皇族の周辺……古い配下の方々が庶民の血の混じった皇族の子孫を残すなと暴言を吐かれたから、とも伺っているわね。
ともかく、そう言ったことをセレスタ嬢がご存知でいてくれてよかったわ。とはいってもこの話、知らぬものはほとんどいないのだけれどね。




