003.令嬢は会話する
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授業が始まる前に教室に到着すると、既に先程の話が伝わっていたようで皆が集まってくださった。私の学年は現在八人、これが多いのか少ないのかは私には分からないわ。
「大変でしたね、ローズ様」
「さすがに、驚きましたわ」
最初に声をかけてくださった公爵家のご令嬢、シンジュ様に答える。
この学園で初めてお会いしたときにはもっときっちりした敬語を使ったのだけれど、そうしたら「この学園内ではただの学友ですわ」とギャネット殿下と同じように怒られたので、ほどほどにしているのよね。シンジュ様、お兄様がたの勇姿をご覧になっていらしたとかで剣術が得意でいらっしゃるから。
「大丈夫っすか? お角、結構力いっぱい引っ張られたみたいっすけど」
特徴的な話し方をされるのは、国内外において名高い鍛冶師のご子息であるイアン。領主の推薦を受けて、中等部からこの学園で学んでいるのだけれど、この口調は治らないようね。短く刈り上げた濃いめの灰色の髪共々個人的には可愛らしい、と思うのだけれど。
「ちょっと痛かったですわね」
「俺らが間に入れればよかったんすけど……悪かったっすね、ローズ様」
「いえ、そのお気遣いだけで十分ありがたいですわ」
「そうですなあ。イアン殿が入られたところであのお嬢さん、平民が口を挟むななどとおっしゃりそうですからな」
そう言ったのは、学園の近くに領地を持つ伯爵家の嫡男ラズロ。この度中等部に婚約者の方が入られたとかで、少々浮かれていたのを皆が知っているわ。ちらりと拝見したけれど、テウリピアの令嬢より芯がしっかりしておられると思ったわね。
「いや、マジ平民なんで俺は何言われてもいいんすけどね。でも、ローズ様のお角に何かあったらお国の一大事っすし」
「イアンは大袈裟だと思うわよ?」
「あら。ジェット様がお怒りになって、連鎖でギャネット殿下がお怒りになられたら本当に帝国の一大事ですよ?」
イアンが本気で、私の角にそんな価値があると思っているのは中等部の頃から。お家の関係かしら、金属や宝石などには目が利くのだそうで、その目で見ると私の角は値段がつけられないほどの貴石なのだとか。
そのイアンはいいとして、どうしてフォシルコアが彼の意見に同意するのかしら。確かにジェットはきっと怒ってくださるけれど、そこから殿下がお怒りになる理由がちょっと分からないわ。
「まあ、今のところはあまり気にしないほうがいいのではないか? 問題は、彼女がこのクラスに合流した後だ」
きりとした、女性にしては少し低い声が響く。
騎士団長を務めておられるお父上のような騎士を目指しているルリーシアは、癖というわけではないけれど男性に近い言葉遣いをしている。深い青の髪をうなじでひとまとめにしている姿は、この学園内の女性に人気が高い。ただ、少々背が低くてそこは可愛らしいのだけど、本人としては不服のようね。
「高等部からの編入生ですから、一ヶ月ほどは別クラスですわよね」
「ああ、二名が来月このクラスに合流することになるらしい。休み時間に通達が来た」
「なるほど」
ルリーシアがひらりと見せてくださった通達に、確かに二名の名前が連なっている。うち一人がセレスタ・テウリピアと記されていたので、これがかの令嬢のお名前なのだろう。
「一ヶ月の間に、ちゃんとした礼儀作法を学んでこられるのでしょうか?」
「テウリピアのお嬢様? んー、だめじゃないっすかね。これは私の個性よ、とか何とかいいそうな気がするっす」
シンジュ様の疑問に、イアンがぱたぱたと顔の前で手を振って否定を示す。こう言っては何だけど、私もイアンの意見には賛成だわ。それはここにいる皆も同じようで、一様にうんうんと頷いている。
「噂は伺いましたけど、ちゃんとお作法覚えるならお家に入ってからすぐ覚えるんじゃないですかね?」
「僕もそう思いますね。もしくは、子爵殿が自由に育てたいとかわけのわからないことをおっしゃったか」
よく似た顔の二人が、少々手厳しい言葉を口にする。先に声を上げたブラウンの髪を長く伸ばした方がサンドラ、後に発言した同じ色の髪を肩口で揃えている方がアレクセイ。いずれも伯爵家の子弟でアレクセイが兄、サンドラが妹ということになっているらしい。
同時に生まれた双子ということで、一部の貴族からはあまり良い顔をされていないと聞く。個人的には別にいいのではないかしら、と思っているのだけれど。ただ、お育てになる御母上や乳母たちは大変だったろうなあ、とだけ。
「この教室に来られたときに作法がなってないのであれば、テウリピア子爵家に少々お小言を申し上げねばならないかもしれませんわね」
「全くだな」
満面の笑みを浮かべながら、全く笑っておられない静かなお声が恐ろしいです、シンジュ様。貴方のお言葉に頷いたルリーシアも、どうやら冷や汗をかいているようですし。