027.令嬢は見送る
「ラズロ様の、ばかああああ!」
「待ってくれ、トピア!」
「お父様に言っちゃうから!」
……せっかくのチーズハンバーグ定食の美味さが、今の一場面で吹き飛んでしまったわ。
今、高等部一年の教室を飛び出して私たちの横を駆け抜けて行かれた、ふわふわピンクブロンドのとっても小さくて可愛らしい方が、ラズロの婚約者であるトピア嬢なのね。ラズロってば、あれほど可愛らしい婚約者がいながらセレスタ嬢に尻尾を振っていらした、と。
「あーあ。ラズロ、婚約者泣ーかせた」
「ひどいなあ。あんなに可愛い子なのに」
「本当に、ご実家に報告が行きそうですね……」
一緒に戻ってきたサンドラもアレクセイも、そしてフォスも呆れ顔になるしかないわよね。多分、私も同じ顔をしているのだと思う。
「……さて。当のラズロは何をしておられるのかしら」
だいたい、婚約者が泣きながら走り去っていったのを追いかけないなんておかしいわ。こんなときもしジェット様だったら、即座に追ってきてくださるはずだもの。
そう思って教室の中を覗いたら、ラズロは教壇のそばでおろおろしているだけ。もしかして、もうすぐ午後の授業が始まるからなんてしょうもないことを考えているのではないでしょうね?
「何してるんだ? 早く追いかけなよ」
「え、あ」
そんなラズロに声をかけたのはアレクセイだった。同じ殿方のほうが、こういう場合はいいのかもしれないわね。
「授業も大事だろうけれど、そのくらいなら僕が上手いこと言っておくから。ほら、早く行けよ」
「あ、ああ……すまんっ」
ぽん、と肩を叩かれてラズロは吹っ切れたように教室を出ていく。まあ、編入生と合流してまだ日が浅い時期だから教師にはちょっと怒られてしまうでしょうけれど、ちょっと困った事情、だものね。
と、そんなことを考えていたところで教室内では次の展開が待ち受けていたわ。
シンジュ様は授業の準備を早めになさるので、教室には早く入られていることが多いのだけれど。
「……セレスタ様」
「はへ? ひ、い、いたっ」
そのシンジュ様がにっこりと、セレスタ嬢の肩を掴んでおられる。ぎりぎりと、力強く。
ああでも、あれでも我慢しておられるわ。だって、片方だけですもの。
「先程の状況、あなたにも責任があること、お分かりですよね?」
「な、何でですかあ?」
「婚約者をお持ちの殿方に、同じクラスであるのをいいことに言い寄ったと言われてもおかしくないんですのよ?」
「ええー!? 私、そんなつもりじゃないです!」
では、どんなつもりだったのだろうか。
私とフォス、アレクセイとサンドラの気持ちはきっと、ここで一つになったに違いないわね。そうしてきっと、シンジュ様も。
だってほら、シンジュ様がセレスタ嬢の両方の肩をがっしりと掴まれた。もう放しませんわよ、と笑っておられない瞳が告げている。
「そうですか。では私がついていって差し上げますから、『そんなつもりではなかった』ことを存分にトピア嬢に弁解なさいませ」
「は、はいいっ!」
ええ、あの目で至近距離で迫られて、首を横に振ることが誰にできましょうか。相当に、シンジュ様はお怒りのご様子。
「素直でよろしいことですわ。ああ、そうそう」
片方だけ手が離れても、セレスタ嬢は固まったまま動けないわ。シンジュ様を怒らせてしまったのだから、仕方のないことだけれど。
「もしあなたの弁明がうまく行かずにテウリピア子爵家に問題が持ち込まれた場合、ギャネット殿下にお声をおかけできなくなるかもしれませんわねえ」
「ひっ」
ギャネット殿下にお声がけができなくなる。この場合それは、学園を退園になるやもしれないということ。
退園という事態にはほとんどなったことがないそうなのだけれど、極稀に素行不良であったり学園内の風紀を乱す事態になったりしたその元凶の生徒を退園処分とした、ことはあるようね。
まさか編入一ヶ月ちょっとでそんな処分が課される、なんてことになったらきっと新記録でしょうね。とっても不名誉な。
さすがにそこまではご存じないとしても、自身の置かれた立場をようやっと理解されたのか、セレスタ嬢はお顔を真っ白にされたわ。血の気が引きすぎて、青くすらならなかった。
「頑張ってくださいませね、セレスタ様」
「が、がんばります……」
「それでは皆様、しばし失礼いたしますわ。先生には謝っておいてくださいましね」
真っ白なままのセレスタ嬢を引き立てて、シンジュ様は満面の笑みを浮かべながら教室を出ていかれた。
……これは、どこからどこまで説明したらいいのかしら……。




