025.令嬢は矛を収める
「人の好み、勝手に決めちゃ駄目ですよ? 別に男の子が甘い物好きだって、いいじゃないですかあ」
「え、あれ?」
ひとまず、ラズロの動きが止まったのは良かったわね。勝手に色々おしゃべりされていては、こちらから何か話しかけようとしても聞き入れてくださらないことが多いもの。
何しろ、話題の中心であるセレスタ嬢自身がお止めになっているのだしね。
「ラズロさん、おかしいですよう。そういうところしっかりしないと、婚約者さんに嫌われちゃいますよ?」
「え? い、いやトピアに限ってそんなこと! それにまだ彼女は子供だし」
あらあら、中等部に入られた婚約者のことを子供、とおっしゃるのかしら。私たちも、そう変わらない年齢ですのよ……と口を挟ませていただこうとしたら、シンジュ様のほうが先に声を上げられた。
「中等部が子供だとおっしゃる。笑えませんわよ」
まあ、私よりシンジュ様のお言葉の方が力強く、人々の耳に届きやすいものね。さすがは公爵位を継承する予定のお方、私とは違うわ。とても尊敬している方なのよ。
「たかが二年の違いではありませんか。それも、ほんの数ヶ月前まではあなたもそうだった」
「う……」
「駄目ですわよ? しっかりしないと、そんなご子息ではご実家がかわいそうですわ」
にっこりと、穏やかな笑みを湛えられながらシンジュ様はきっぱりとおっしゃってのけられた。それから、小さくため息をつかれて言葉をお続けになる。
「まあ、この話はあまり突き詰めてもラズロ様が困りますわね。然るべき筋にお話を差し上げたほうが、ラズロ様のためにもなりますわ」
ああ、確かにここでとことんまで糾弾するのはラズロにとっても良くないことだろう。然るべき筋……とは学園内に配置されているカウンセラーか、もしくはラズロのご実家かもしれないわね。
そんなことを考えていたら、シンジュ様が私に視線を向けられた。……そういえば、私に矛先が向けられていたんだわね。ついさっき、少しだけだけど。
「ローズ様も、それでよろしいかしら?」
「あ、はい。私は、特に何かされたわけではありませんし」
それでも私としてはこれが本音だったので、普通に頷いた。ええ、ラズロも私が悪いわけではない、と理解してくださったようだし。
けれど、シンジュ様は少しだけ目を細められて、それから教室の扉の方に視線を移される。
「……扉の向こうのお方は、あまりそう思っておられないようですが」
「え」
扉の向こう。
慌てて戻って扉を開き、顔を出す。あ、ちょっと慌てておられるジェット様と目が合ってしまったわ。というか、ご自身の教室に戻られなかったのね。
「ジェット様!」
「す、済まないローズ。どうしても気になって」
まあ、扉の向こうから自身の婚約者に厳しい声が飛んでいたら、お気にかけるのは当然かしらね。けれどこの扉、先程セレスタ嬢が通らなかったかしら。お姿を隠されていたのでしょうけれど、よく見つからなかったと思うわ。
それはそうと、ジェット様に心配をおかけしてしまったのは事実ね。きちんと謝らなくては、と思い頭を下げる。
「申し訳ありません。ご心配をおかけしてしまったようで」
「まあ、問題はない、と思っていいようだな。ただ、何かあったら必ず言うんだぞ? ローズ」
「はい。頼りにさせていただきますわ、ジェット様」
もちろん、婚約者であるジェット様のお力を借りることが必要なときは当然お借りする。そのかわり、私にできることは何だってするつもりよ。婚約者って、そう言うものではなくて? 違うかしら?
「あれのどこを見たら、セレスタ様に嫉妬して階段から落とすなんて考えが出るんすか。さすがに考えすぎっすよ、ラズロ様」
「た、確かに……俺が悪かったです、ごめんなさい!」
「素直なのは、学園の中であればよろしいことですわ。貴族として働くことになれば、綺麗事では済まされませんものね」
なんだか、教室の中でイアンの呆れ声に続いてシンジュ様のお小言が再開されている気がしたけれど、はてどうしてかしら?




