023.令嬢はやっぱり反論する
「セレスタ!」
「は?」
彼女の姿を見た瞬間のラズロの動き、それはそれは早かったわね。つかつかと早足で彼女に歩み寄り、その両肩をがしっと手で掴んで。
「大変だったんだな! もう大丈夫だ、俺が君を守る!」
「え、ええと、ラズロさん?」
一方セレスタ嬢は……ぽかんとラズロを見つめているわね。反応が鈍いわ。言葉の悪さを承知で言うなら……何いってんのこの人、という感じかしら。
「確かにもう大丈夫、って先生に言われたんで帰ってきたんですけど」
「その大丈夫じゃない! 君が狙われているのは分かっているんだ、そいつらから」
「……何言ってんですか。まだですよう」
何というかこの二人、微妙に会話が噛み合っていない気がするわね。というか、まだって何かしら、まだって。
まるで今後、誰かがあなたを狙うことになるようじゃなくて?
「私、今回は足を滑らせて階段から落っこちただけですよ? ローズ様巻き込んじゃって殿下に助けていただいたから、大した怪我もないですし」
「いやだって、そのローズ様に何かされたんじゃないのか? そうだろう、はっきり言ってくれ!」
まあ、ラズロったら失礼な。
今のセレスタ嬢のお言葉を聞いてそういう意見なのであれば、あなたの頭の中では勝手にそういうことになっているのね。本当に失礼だわ。
さすがに、ラズロのこの言いようにはセレスタ嬢も呆れたのか困ったのか、声を張り上げて反論なさったわ。
「いやちょっと待って! 私何もされてないですよう! ラズロさんがおかしいんじゃないですかあ!」
「……へ?」
セレスタ嬢にそう言われて、あっけにとられるラズロ。いえ、その顔は私たち皆がしたくてたまらないのだけれど。
「セレスタ、君は本当に突き落とされたりしたんじゃないのか?」
「自分で足を滑らせただけですってば。というかラズロさん、現場見てました? 私、今日は誰にも押されてませんよ?」
「え?」
ラズロはあの場にいなかったと思うわ。でも、他の生徒たちはいたものね。何ならそちらの証言を得ることもできるのだけれど、その必要はないかしら。
「あ、いやだって、セレスタに限って」
「まあ、私を守るって言ってくれたのはちょっと嬉しかったですけど!」
いえ、それはどうかと思うのよ、セレスタ嬢。ラズロにはきちんとした婚約者がおられるのだから、いくら同じ教室で学ぶ身だからといってそのような言動は……おかしいわよね?
「でも私、やられてないことをやられたなんて言わないですしー。ラズロさん、ちょっと思い込み強くないです?」
「そ、そんなことはないぞ?」
「そんなこと、たまにありますよね」
「そうだよね。僕のほうが甘いもの好きなのに、勝手にサンドラの好みだって思われてるし」
と、変なところで口を挟んできたのがサンドラ、そしてアレクセイ。
そういえばこの二人、アレクセイが甘いものが好きでサンドラが辛いもの好きなんだけど、レストランなどで注文すると必ず逆に置かれるんでしたっけ。私たちは知っているからいいけれど……そういえばラズロは、何度言っても修正されてないわね。
「いやだって、サンドラの方がスイーツ目の前に置かれるじゃないか」
「その後、僕と交換するでしょ? そこまで見て覚えろって、何度言ったっけ」
「迷惑なのよねえ。女ってだけで甘いもの好きとか勝手に思われるし」
この口論は、幾度となく見てきたわね。数週間程度は覚えているんだけれど、いつの間にか忘れてしまうのがラズロの困ったところよ。
私の角については、宝角令嬢という二つ名のほうが先に彼の耳に届いていたらしくて誤解をされることはなかったわね。二つ名があってよかった、と思う数少ない事例よ。




