021.令嬢は医務室で休む
「三人とも打ち身くらいで、特に問題はないわよ。まあ、今の授業は休んでおきなさい」
医務室で私たちを診てくださったのは、左目にかけたモノクルが印象的なゲートミア先生。以前は皇帝家で働いておられたこともあり、その関係でギャネット殿下とはかなり親しい間柄なのだそう。
「面倒をかけて済まんな」
「これが私の仕事だもの。幼い殿下を診てたときよりは、皆もおとなしいしよほど楽よ」
「それを言うなよ……」
このような感じで、気軽に会話を交わされる間柄。でもゲートミア先生は私たちよりも二十才以上年上で、黒髪に銀が混じられた髪色はともかく年齢の割にはとてもお若い外見をしておられるのだけれど。どちらかと言えば我々の保護者というか、そういう雰囲気をお持ちである。
保護者のような女性医師のところに担ぎ込まれると、どうなるか。
「というか、階段から落ちたって何をしたの」
「あ、わ、私が足を滑らせちゃって、それで」
「それで私にぶつかりまして」
「俺がそっちの彼女の下敷きになった。というか殿下に敷かれた」
セレスタ嬢、私、レキ殿がそれぞれ自分の身に起きたことを伝えて、そして。
「……本当に、打ち身だけで助かってよかったわね。打ちどころが悪かったら、私じゃなくて葬儀屋の世話になるところよ。そちらのお嬢さん、これからは足元をしっかり確認することね」
「は、はい。気をつけます」
腕を組んで仁王立ちをして、まっすぐに見つめてくる乳母なりメイド長に怒られる、貴族の子どもたちの出来上がりである。本当に申し訳ないと思っているわ……もらい事故だけれど。
でも本当に、セレスタ嬢は足元をきちんと確認されたほうがいいと思うわよ。今私たちが履いている靴よりも、卒業後のパーティや外回りなどで履く靴のほうが足元が危ういのだから。
「ところで、レキ君を敷いたって……殿下?」
「ちょうど目の前にいたからな。そっちの小娘くらいなら受け止められるだろう、と」
ゲートミア先生は、殿下相手にも遠慮がない。殿下もそれで慣れておられるので、至極普通に会話しておられる。
といいますか殿下、レキ殿を敷物か何かのような扱いはどうかと思うの。この場合はセレスタ嬢を受け止めるためのクッション、かしら?
「宝角令嬢は良かったんですか!」
「ジェットがいるのに、なぜ俺が気遣わねばならん」
レキ殿は、私の呼び方を変えていただけるとありがたいのだけど。それに、確かにジェット様がおられたのだから私のことはお気遣いなくても大丈夫、だと私自身思うし。
「自分の婚約者も守れない男に、俺が側近を任せると思うか」
「うえー」
「あーはいはい、殿下はそういう方だわよね」
ギャネット殿下のお答えにレキ殿はがっくりと肩を落とし、逆にゲートミア先生は肩をすくめられた。
殿下のおっしゃることはごもっともなのだけれど……何というかその、さすが皇帝陛下のご子息なだけあって、少々傲慢というか。とは言えその傲慢さが、ガンドレイ帝国を強固なものにしたのでしょうけれどね。
そして、ゲートミア先生はその傲慢さもよくご存知で、だからさらりとかわされた。そうして視線が、ジェット様の方に向けられる。
「で、その側近候補さんはしっかり婚約者さんをお守りできたわけよね?」
「あ、はい。何とか、受け止めることができました」
「よしよし、よくやった」
辺境伯子息であるところのジェット様の頭を、ゲートミア先生は平然と子供を撫でるように撫でられる。先生を羨ましいと思いつつ、撫でられているジェット様の表情がとてもお可愛らしいのでそれを見て私は満足することにしよう。
「ぶー……私が一番痛かったのにい」
ところで、私も含めて全員、どうしてセレスタ嬢の愚痴にはお付き合いしないのでしょうね?




