020.令嬢は階段から落ちる
その衝撃は突然、上からやってきた。
「わああっ!」
「え?」
教室移動で階段を登っている途中、先に上がっていて踊り場にたどり着いたところでセレスタ嬢が足を踏み外された。そのままバランスを崩して、私にぶつかって。
「ローズ様!」
「きゃあっ!?」
「え、何っ」
フォスの横を通り抜けるように私とセレスタ嬢は階段を滑り落ちて、床に叩きつけられる前に受け止められた気がする。ええ、気のせいではなくて本当に受け止められたわね。しっかりした腕と、そして胸板に。
「いたた……」
「だ、大丈夫かローズ」
「は、はい……え?」
そうして聞こえてきた声がとても聞き慣れたもので、私は慌てて顔を上げた。もちろんというか、そこに見えたのは愛しのジェット様のお顔。
「ジェット様?」
「通りかかったらちょうど、ローズが降ってきたから」
降ってきたって……ああ、確かに階段の上から落ちてきたのならば、そう見えるのかもしれないわね。ともかく、助けていただいたのだから当然、お礼を言わなくては。
「そ、そうでしたか……ありがとうございます、助かりましたわ」
「ああ。ローズが無事そうで、よかった」
ジェット様が、ほっと胸をなでおろされた。まさか、こんなところで怪我でも何でもしてしまったら大変なことになるし。
……と。ジェット様がおられるのならば、近くにギャネット殿下もおられるはず。それに、セレスタ嬢はどうしたのかしら。
そう思ったところでジェット様が、肩越しに声をかけられる。ああ、そちらにいらっしゃるのね。
「殿下、そちらは」
「俺は無事だ」
「な、なんでおれが……」
平然と仁王立ちのまま、殿下はお答えになった。……そのそばでへたり込んでいるセレスタ嬢を受け止められた、というかそのお尻の下におられるのは、あら? 前に拝見したことがある方だわ……たしか、レキ殿だったかしら。
「で、……お前か。大丈夫か?」
「いたいですう!」
その、実際に自分を助けてくださったレキ殿には目もくれずにセレスタ嬢は、様子をうかがわれた殿下に飛びついた。ただ、立ち上がるときにうまくバランスが取れていないみたいだから、実際にどこかを傷められたのは事実のようだけれど。
「足でもひねったか? 仕方ないな」
「ひゃあ!」
そのセレスタ嬢を、殿下はひょいと小脇に抱えられた。まるで荷物を抱えるように……と思ったけれど、セレスタ嬢に失礼かしら。
じたばたしているセレスタ嬢をちょっぴりはしたないわね、と思ったのはここだけの話。周囲からは殿下に抱えられて羨ましい、といった感じの視線やひそひそ話が漏れ出てきているわ。
「ジェット、医務室だ。そっちも念のため、見てもらっておけ」
「分かりました。さ、ローズ」
殿下にお声を掛けられて答えられるが早いか、ジェット様はさっと私を横抱きにしてくださった。いえ、嬉しいのですけれど、人の多いこの場所でこれはちょっと、恥ずかしいわ。
「あ、歩けますわ」
「無理をしなくていい。フォセルコア!」
「後はお任せくださいませ。よろしくお願いいたします」
ジェット様に名を呼ばれて、上に残ったままだったフォスが軽く頭を下げる。今から医務室に行くとなると、最低でも次の授業は遅刻することになるものね。状況を見ていてくれたフォスにお願いするのが、私とセレスタ嬢にとっては一番いいでしょう。
「レキ、お前も一応見てもらえ」
「と、当然ですよっ!」
「せ、せめてローズ様みたいに抱っこしてくださいよう!」
「面倒だ」
そんな感じでジェット様と、レキ殿と、そして殿下は医務室に向かわれた。……あのう、やはり恥ずかしいですわ、ジェット様……せめて、顔が見えないようにジェット様の胸に張り付いておきましょう。




