002.令嬢は説明する
端的に、ご説明申し上げる。私の額にあるこの赤い石のようなものは他の何でもない、生えている角だ。
「つ、の?」
「角ですね。私がローズと会ったときには、おでこの出っ張りでしたけれど」
ぽかんと目を見張る彼女をちらりと見ながら、フォシルコアが言葉を付け加えてくれた。
この形になったのは、十歳になってから。小さい頃はおでこがちょっぴり膨らんでる感じだったのが、成長するに連れて伸びるわ赤く色づくわで結果、こんなことになっている。
ハイランジャの家でも、父上にも母上にも姉上にも出ていないもの。推測でしかないのだけれど、どうやら遠いご先祖さまの血がひょっこり顔を出したらしい。
何でも、ガンドレイ帝国の創生期にその力を奮ったという、伝説の鬼神なのだそうだ。その額には私のように赤い角が、もっと長く伸びていたらしい。……着替えや髪を扱うときなどに引っかかりそうだから、私の角はもう伸びないでほしいものだわ。
そのご先祖さまの栄光とその後の婚姻などを以て、私の生まれたハイランジャ家は侯爵の位を賜っている。故に、角を持った私の存在というのはそれなりに貴族の間では知られた存在となっているのよね。
それをご存じないということは、この彼女は平民の出身なのであろう。もっとも、平民でも我が家の領民は知っている話なのだけれど。
「つ、角なんておかしいじゃないですか! どう見たってそれ、飾りの宝石ですよねえ!」
きちんと私が説明して差し上げたのに、彼女は目を丸くして喚き散らす。もっともこの世界、角が生えた人なぞ私以外にそうそういるわけでもないので、仕方のないことでしょうけれど。
はあ、と殿下が大袈裟にため息をつかれた。そうして彼女を見据え、言葉を紡がれる。
「彼女はガンドレイ帝国創生期より長らく存在するハイランジャ侯爵家の令嬢、人呼んで宝角令嬢。もしかして君は、この学園の生徒でありながらそんなことも知らないのかな?」
ギャネット殿下がおっしゃった二つ名に、周囲の方々が凍りつく。それは、彼女も同じことのようね。
宝石のような輝きを持つ、角が生えた貴族の娘。故に『宝角令嬢』……まるで、戦功を上げた軍人のような呼ばれ方よね。けれど、この二つ名が私の無実を証明してくれるのであればそれもまた良いかしら。
「これは身体についているものであって、装飾品ではございません。そのこと、ご理解いただけましたかしら?」
「わ、わたしは悪くないですよう! 校則違反だと思ったから!」
あくまでも落ち着いた口調で、私は彼女に言葉を差し上げる。……確かに角のことを知らなければ、校則違反を指摘する行為は悪くはないわね。けれど、謝罪の言葉がひとつもないというのはどういうことかしら?
「いえ、校則違反に見えてしまうのは致し方ありませんわ。でも、今度からはお気をつけくださいませね」
「わ、分かりました……おかしいな、で、ではっ」
それはともかく、一応注意を差し上げると彼女は、何故か何度も首をひねりながらそそくさとこの場を後にされた。人混みの間に無理やり割り込んで押しのけていかれるお姿、さすがにこちらが首をひねりたくなるのだけれど。
その後ろ姿を見送られた殿下が、ふんと呆れ顔になられた。どのようなお顔をされても絵になるとは、ギャネット殿下のことなのね。
「謝らなかったな、彼女」
「というか殿下。多分今のがそうだぞ、例の子爵令嬢」
「え?」
婚約者の言葉に、私は背後の彼を振り返る。と、ぽんと大きな手が私の頭に置かれた。軽く撫でるだけのその感触が、私にとってはとても心地の良いものだ。フォシルコアがにやにや笑っているのがちらりと見えて、少しだけ居心地が悪くなったかもしれない。
それはそれとして、『例の子爵令嬢』とはどういうことなのかしら。今の彼女、きちんとした貴族のご令嬢なの?
そんな私の疑問には、恐れ多くも殿下が直接お答えくださった。
「どこぞの子爵が街の女に産ませた娘、だったか。最近消息が分かって、母子ともども子爵家に引き取られたとか言ってたな」
「確かテウリピア子爵だったかと。それならそれで、一通りの作法を教えてから学園に入れてほしいものだよな。ローズのことも知っているはずだろうに……家名に泥を塗りたいのかね、テウリピア子爵は」
ジェットが小さくため息をついて、軽く頭を振る。
なるほど、その噂に出た令嬢が彼女、だったのね。私もほんの少し、お話を伺ったことがあるわ。
テウリピア子爵には、跡継ぎがおられなかった。そこにひょんなことから令嬢の存在が発覚して、ご当主は小躍りしてその方を家に入れられた……のだったかしら。今年度から学園に入られたとは、寡聞にして存じませんでしたけれど。
まあそんなことはともかく。殿下とジェットのおかげで、変な言いがかりから逃れることができたのだから、私はきちんと礼をしなければならないわね。
「ありがとうございます。お二方のおかげで、無事問題もなく終わりましたわ」
「何、俺はちょっと声をかけただけだ。礼なら婚約者殿に差し上げてくれ」
「いえ、殿下のお声掛りがなければ私、額から血を流していたかもしれませんから」
「本当ですよ。私では、彼女を止められませんでしたから。私からも礼を言わせてくださいませ、ありがとうございます」
フォシルコアも、ここぞとばかりに声を上げる。この彼女はそれなりに強気の発言をするのだけれど……男爵家の出身で、考えてみれば例の子爵令嬢より家の格が低い。
学園の中ではそう言ったことが元で発言を妨げられることはないのだけれど、子爵令嬢の場合もしかしたらお家の方から苦情が出されるかもしれないものね。
「お前は……ああ、確かチェリアット男爵家の。ローズクォテア嬢とは仲がいいんだったかな」
「は、はい。ご存知いただいているようで、恐縮です」
「気にするな。この場でこの制服を着ているのだから、ただの学友だろう」
ふ、と笑みを浮かべられた殿下のお顔はそれはそれは晴れやかで麗しいものだ。周囲の女性陣……一部男性陣ですら、ほうと見惚れるほどの。
殿下は、我々と同様の制服を纏っていらっしゃることもあり学園内では家の格をさほど気にされることはない。それが学園内での規則ということもあるのだけれど、それ以上に第二皇子という地位の微妙さが影響なさっておられるようだ。
殿下の兄君であり皇太子であらせられる第一皇子殿下は、すでに皇帝陛下のお仕事の一部を請け負っておられるという。ギャネット殿下がその補佐を務めたい、と日々ご自身を律しておられることを、我々帝国の者はよく存じ上げている。そのせいかどうか、未だにご婚約もされておられないということも。
「ああいうことは、よくあるのか?」
「これで三回目、ですわね。一応、皇帝陛下の印を頂いた証明書も持ち歩いているのですが、とっさに提示するのは難しいですわ」
その点、私にはジェットがいてくださる。幼い頃から決められていたお相手だけれど、こうやって私のことを気にかけてくださってるのはよく知っているの。
「なるほど。大変だな」
こんなふうにぽんぽんと、頭を軽く叩いてくださるとても大きな手の感触は、私が大好きなものだ。昔そう申し上げたら、彼は折に触れてこうしてくださるようになった。うふふ、これは私だけの幸せかしら。
「まあ、これだけ人前で騒ぎを起こしたわけだし。今後はそういったことも減ってくるだろう。くれぐれも、気をつけな」
「ありがとうございます」
「あと、近くに俺がいたら呼べよ? これでも、心配してるんだからな」
そうして、私のことを案じているとおっしゃって頬を赤らめられるその表情も。
ああ、学園生活って最高だわ。大切な方と、同じ屋根の下で過ごせるんですもの。