019.令嬢はちょっと困る
さて。
セレスタ嬢とグランが編入してきて、一ヶ月ほどが過ぎた。初日の様子が嘘のようにセレスタ嬢はおとなしくなって、授業もしっかり受けてくれているわ。グランは最初からしっかりしているから、私は心配はしていない。
……そう言えば、ラズロがここのところセレスタ嬢と近い位置にいるのが気になるわね。中等部の婚約者のところに、変な噂が行かなければいいのだけれど。
「一応わたくしから注意は差し上げているのですけれど、ねえ」
「シンジュ様のお手を煩わせて、申し訳ありません」
この学年ではリーダー格とも言えるシンジュ様にご相談申し上げると、彼女の方も既に動いておられるようだった。
……別に、シンジュ様のご実家が一番位が高いからリーダー格、というわけではないの。シンジュ様ご自身がとてもしっかりしていらして、ふさわしいと皆が思ったから自然に、ね。
「いえ、ローズ様がお気になさることではありませんわ。ただ、セレスタ嬢にはわたくしが言葉を差し上げたほうがよろしいかと思いまして」
「そうだったのですか。それで、セレスタ嬢は」
「私の勝手でしょう、婚約者がいることは分かっている、相談しているだけだ、と」
「……その相談から略奪愛などに発展しなければよろしいのですが」
ぼそ、と縁起でもないことを呟いたのはフォス。そう言うことがないわけではない、というのは私もシンジュ様も存じているけれど、さすがにねえ。……いえ、確かどこかの貴族がそれをやらかしたという話が流れてきたことがあるか。
できれば面倒事にはなってほしくない、と思いながら私は話の方向を少し変えることにする。
「ラズロの方は、どうなのでしょうか」
「よく相談を持ちかけられて困る、とは言っておりましたわね。ただ、女性の相談を受けるなら女性の方がよろしいはずですから、程々にお断りしても問題はありませんよと伝えておきました」
「そうですよね……」
多分、年下の婚約者に頼られることも多々あるのだろうから、女性に頼られると断れないのかもしれないわね。シンジュ様からのお言葉があれば、勇気を持って拒絶することだってできると思うわ。
ラズロに関してはイアンやアレクセイ、グランにもお願いすれば何とかなると思う。そうすると問題は……やはり、セレスタ嬢その人に収束するわね。相談事があるとはいえ、困ったものだわ。
「とは言え、ローズ様やシンジュ様には頼りにくいでしょうね。ローズ様とは初対面があれでしたし、シンジュ様はその……」
「構いませんわ、フォセルコア。付き合いの少ない相手からは冷たく見られる、とはセラフィノ様からも指摘されておりますの」
「失礼いたしました」
フォスの指摘どおり、シンジュ様は頼りになるお方なのだけれどその分、どうしても毅然としておられて冷たい感じに見られることがある。私たちクラスメートは中等部からのお付き合いで、だから彼女のことはそれなりに理解できているはず。ええ。
さて、セレスタ嬢には少し厳しいことも言われたようなので、おそらく彼女はシンジュ様からは少し距離を取られるだろう。私は……角の痛み、忘れてはいないわよ。
「フォセルコアはローズ様といつも一緒ですし、ルリーシアは固いですし……サンドラは少々口の軽いところがありますしね」
「……」
そうしてシンジュ様が次々に挙げられるクラスメートの女性に関する事柄。
フォスはどうも私のおつき、を自認している部分があるみたい。まあ、寮でも同室だし。
ルリーシアに相談すれば一所懸命に考えてくれるだろうけれど、性格的にセレスタ嬢とは合わない気がするわね。
サンドラは、確かにそうね。少しばかり口が軽くて、いつもアレクセイにたしなめられているわ。
「殿方に持ち込む気持ちが、何となく分かりましたわ」
「確かに」
ごめんなさい、セレスタ嬢。確かに、どんな問題かは分からないけれど私たちには、相談したくないかもしれないわね。
「それでも、どうしてラズロ様なのでしょうか」
「それなのですけれど」
一つため息を付いたところでフォスが言葉にした疑問に、シンジュ様がお答えを綴られた。曰く。
「どうもセレスタ嬢は、お相手の出自によって態度が少し異なる気がするのです」
「まあ」
「様子をうかがっておりますとね、イアンやグランには少しそっけない態度のようなのですよ」
ジェット様にはそっけない態度、だったわね。ギャネット殿下には酷く馴れ馴れしくしておられるけれど。
イアンは鍛冶師のご子息、グランは大商人の跡継ぎ。いずれも、今から仲良くしておいて損はないお相手なのだけれど、もしかしてセレスタ嬢にはそれが理解できないのかしら?
そうなると、残るはアレクセイとラズロね。……なるほど
「アレクセイにはサンドラがついていることが多いですから、あまり近寄らないようですが」
「それでラズロ様……ですか」
「そのようですわね」
すぐ側に双子の妹がいるアレクセイと、中等部に婚約者がいるラズロ。いずれにしろ面倒ではないか、と私は思う。
それでも近くに女性の影がないラズロを選んだというのは……その、なんというか。フォスの危惧が当たらないことを祈るしかないわ。
「一応、他の者にはそれとなく気をつけるよう伝えてありますわ。ローズ様もフォセルコアも、お気をつけなさいませ」
「はい」
「承知いたしました」
シンジュ様はそうおっしゃってから、大きなため息とともに肩を落とされた。お疲れですのね、きっと。




