018.令嬢は自室に戻る
「あーあーあー、ご馳走さまですっ」
学生寮の自室に戻って、同室のフォスにカフェのお話をしたところ、そんな返事をされた。……この場合のご馳走さまというのはカフェのメニューについてかしら、それとも思わず長くなってしまったジェット様の話についてかしら。
どちらにしても私の話が悪いので、謝ることにしよう。
「あら、ごめんなさい」
「いえ。ローズ様とジェット様が仲がよろしいというのは、とても良いことですので。ただ」
「ただ?」
どうやら、ジェット様の話についてだったようね。苦笑されてしまったけれど、フォスが私とジェット様の間柄についてこんな事を言うのはたまにあることだからいいかしら。
その後に続いた言葉に少し身構えたけれど、それは私たちとは関係のないことだったわ。だって。
「あの後、テウリピアのご令嬢がなにかやらかしてないかと心配で。同じカフェに行く心づもりだったようですし」
「ああ」
殿下があまり甘いものをお好きでない、ということを知らずにお誘いなさったようだけど、ジェット様だってそうなのに一緒にコーヒーを飲んでくださったのだから。脈があれば、殿下だって付き合ってくださるわよね?
というか、セレスタ嬢はたしかあの後……と思ってフォスを見返す。
「そう言えば、殿下の後を追って行かれたようですわね」
「まあ、何も伝わってきていないから大丈夫……かしらね?」
向かった先で何か問題を起こしていたのなら、噂話という形でこちらにまで流れてきていてもおかしくないわ。それがないのであればおそらく、多分、きっと、大丈夫だったのでしょう。そう思いたいわ、ええ。
「そうだとよろしいですね。編入直後なんですから、ある程度猫をかぶっていたほうがよろしいはずなのに」
「自分に素直な点だけは羨ましい、と私は思うわ」
「素直というよりはわがままでしょう、あれは」
フォスは、セレスタ嬢に関してはちょっと辛辣ね。まあ、フォス自身ギャネット殿下に好意を抱いているわけだし、その目の前であんな感じで迫られたら不満に思うのは仕方のないことだわ。
「子爵に引き取られるまでは苦労なさってたのでしょうから、幼い頃にできなかったわがままを今やっている……というにはちょっと、おかしな点もありますわね」
一応庇ってみようとしたのだけれど、無理よね。思わず、指先で自分の額の角をつついてみる。
そう言えば、これに関して謝っていただけなかった気がするわ。装飾品と間違えただけなのだから、謝罪していただければ済む話なのに。
「まあ、ギャネット殿下に好意を持つのは婚約者のいない者としてはある意味当然ですが」
ところでフォス、ギャネット殿下のことが好きなのは分かるけれど、そこまで断言するのはどうかと思うわ。確かに殿下は外見も素晴らしいし、人格も良い方だけれど。でも、人には人の好みというものがあるのよ?
「とは言え、家の格がどうしても邪魔しますしね。私といい、彼女といい」
「皇子殿下だと、どうしてもねえ」
それと、特に貴族や皇族だとこれが面倒なのだけれど。家の格、というものね。
第二皇子殿下ともなると、配偶者の出身家は公爵もしくは侯爵クラスでないといけない、ということになっている。もしくは外国の王族、とかね。
それより下の……たとえばセレスタ嬢は子爵家、フォスは男爵家だけれど、この辺りの方が輿入れしたいとなると……皇族に親しい公爵家あたりと養子縁組をしてそれから、というのがギリギリの線かしら。これは、そのお相手とどうしても結婚したいと皇族側から申し出があった場合の最終手段みたいだけれど。
「ローズ様は侯爵家ですけど、そういう問題じゃありませんしねえ」
「私にはジェット様がいるもの」
「分かっておりますから」
そう、私は侯爵家の娘。だから、実際のところ第一皇子殿下の婚約者候補にも名前が上がったらしいのよね。結局は外れて、その後だかにジェット様との婚約が成立したわけ。当時私はまだ小さくて、あまり詳しいことは覚えていないけれどね。
……あまり考えていても、仕方がないわね。いい加減、夜も遅いし。この学生寮には、噂に聞く消灯時刻などというものはないのだけれどそれはつまり、生活については本人の自主性に任されているわけで。ちゃんと寝ないと、明日の授業に差し支えるわ。
「フォス、そろそろ寝ましょうか」
「そうですね。明日もあの騒ぎが続かないとも限りませんから」
「……少しはおとなしくなってくださるといいのだけどね……」
……授業の前に、セレスタ嬢のお相手に差し支えるかもしれないのね。頑張らなくちゃ、と思いながら角を保護するためのヘッドバンドを着けた。




