015.令嬢は誘いを受ける
「さて。ジェット」
退室するイアンたちを見送って、殿下がこちらを振り向かれた。ああ、このままジェット様と一緒に、お戻りになられるのね。少し名残惜しいけれど、同じ学園の中にいるのだからジェット様とはいつでも会えるのだから。
「は」
「今日はもう、大した用事もない。ローズと共に、カフェにでも行ってみたらどうだ?」
「え」
あら? ちょっと予測が外れたわ。というか、殿下のお側でセレスタ嬢が「それは私と殿下ー!」とか喚いていらっしゃるけれど、いいのかしら。
セレスタ嬢はともかく、これはつまり、ジェット様と校内デートのお許しが出た、ということなのかしら。ああ、この学園はその性質上恋愛禁止、なんてことはないし、休憩時間や休日等は生徒同士でデートをしていることもよくあるけれど。
確かに殿下には、ジェット様以外にもお付きの方がおられるし忍びの者が常に付き従っている、とも言われるけれど。
「よろしいのですか?」
「編入生が来て、大変だろうしな。ジェット、しっかり労ってやれ」
「は、ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えたく」
「そうしろそうしろ」
はっはっは、とお気楽な笑い声をあげられて殿下は、じゃあなと手を振りながら道場を去っていかれる。それに釣られるようにフォスとシトラも、「それでは、私も失礼いたしますね」「私もここで。それではごゆっくり」と退室していってしまった。あら、もしかして気を使ってくれたのかしら。
「あ、殿下、待ってくださーい! どうして人に勧めて、自分は行かないんですかー!」
そうして殿下の後を、セレスタ嬢が元気に追いかけていかれる。……殿下のおっしゃった『へんなの』って、失礼ながらまず間違いなく彼女のことよね? 少なくとも、皇帝家の周辺には殿下をあんな感じで追いかけていく者はいそうにないし。
「……テウリピア子爵令嬢、だったよな? 彼女」
「はい、そのはずなのですが」
どうやらジェット様も同じようなことを考えていらしたらしく、セレスタ嬢について私に問うてこられた。ええと、一度子爵ご自身においで頂ければ確認できそうなのですが……まあ、学園に編入できたのですから身分については大丈夫、でしょう。多分。
「まあ、彼女のことは後で考えることといたしましょう。ジェット様」
「ん、そうだな」
ジェット様にそうご提案申し上げたのだけれど、正直なことを言えば後になってすら考えるのをやめたいわ。まだ、今日から一緒に授業を受けることになったばかりなのに。
……授業中はそれなりにおとなしかったから、まだいいのかしら?
そこまで考えて、思考を打ち切る。いつまで考えていても、セレスタ嬢の言動が変更するわけではないものね。
「ところでカフェって、さっき彼女が言っていたカフェのことか?」
ふと、ジェット様がそんなことをおっしゃった。
今年度から構内に出店したカフェのスイーツが美味しいというのは本当の話で、だからセレスタ嬢が殿下をお誘いしたのもおかしくはない。……殿下の好みをご存知でなければ、の話だけれど。
「今年からできたんだっけな」
「ええ、軽食も取れるそうですわ。それと、確かケーキセットが人気とかで」
ケーキセットは一度食べてみたい、と思っていたのだけれど、店の雰囲気などでカップルが多いのだそう。……それなら私だって、ジェット様にご一緒いただきたいなあとは思っていたのよ。
ただ、ジェット様は甘いものはあまりお好きでないから、お誘いするのもちょっとね。
「俺は甘いものはそれほどでもないが、ローズは好きだったな。じゃあ、行くか」
「はい!」
それでも、ジェット様が手を差し出しながらそうおっしゃってくださったのだから。私としては、首を横に振るなんてことはしないわね。




