014.令嬢は話を聞く
僅かの静寂の後、観客の中から自然と拍手が沸き起こった。もちろん私も、ジェット様も。
「かっこいいですわね、ジェット様!」
「ああ、なかなかのキレだな。武器も、それを使う者もさすがだ」
ああ、ジェット様のお名前と同じ色の瞳が私を見てくださっている。とっても嬉しくて、私は遠慮なく微笑ませていただいた。
「俺も、ルリーシアを見習わないとな。ローズにかっこいい、と言わせてみせる」
「あら、それは不要ですわ」
たしかにルリーシアの戦う姿は凛々しくて素晴らしいのですけれど、ジェット様のお姿はまた違う素晴らしさがあるわ。
それがお分かりでないようなので、私はまっすぐにジェット様を見つめて、はっきりと申し上げた。
「ジェット様は、いついかなる時でも素敵でかっこいいのですから」
「あ、ああ、ありがとう……」
あら。ジェット様ったら、照れなくてもよろしいのに。私はただ、本当のことを申し上げただけなのだから。
「お二方、イチャイチャするのは後にしてください」
「いや、邪魔にならなければいいぞ?」
フォスが呆れ声で、殿下が楽しそうに言葉を挟んでくる。……ここが道場であることを、一瞬忘れていたわ。仕方がないわよね、ジェット様がおられるんだもの。ちょっぴり、殿下には失礼かと思ったのだけれど。
「殿下あ」
「お前はここを出るまで黙っていろ」
その殿下に、セレスタ嬢が甘えるような声を出してきっぱりと拒否されていた。ただ殿下、普通の顔でおっしゃっていたから拒否されたのかどうか、もしかしてセレスタ嬢には伝わっていないかもしれませんよ?
なおも殿下のお側を離れようとしないセレスタ嬢から、イアンの側に歩み寄るルリーシアに視線を移す。もともとこれはイアンが作った短剣のテストなのだから、使用したルリーシアが彼に意見を述べるのは当然のことよね。
「いかがっすかね?」
「突いたときに、ほんの僅か引っかかるような抵抗があるな。あと、微妙に重心がずれているかもしれん」
「うは、マジっすか」
「だが、この前テストしたものよりは格段に使いやすくなっている。さすがはイアン殿だ」
私は剣などを使ったことはないから、ルリーシアが指摘したような問題はきっと分からない。これは武器を扱い慣れている彼女だからこその指摘で、それをイアンは丁寧に書き留めている。
「重心は、作るときに気をつけないといけないっすね。突いたときの抵抗は、多分刃を仕上げる時の問題っす。情けないっすなあ」
「刃は研げば何とかなる。案ずるな」
「最初からきちんと研げばよかったんすよ。これは俺のミスっす」
二人で問題の解消法を話し込んでいるわね。刃物の研ぎといえば、実家に時々研ぎ師が来ていたわね。あれは書斎用のナイフや料理用の包丁などを研ぐためだったかしら? 肉や骨を断つための刃を研ぐには、もっと鋭くせねばならないのでしょうね。
「ともかく、いつも助かってるっす。ありがとうございます!」
「いや。私もイアンの成長を垣間見ることができて嬉しい。こちらこそ、ありがとう」
ああ、二人の話が終わったようね。細かいところはこれからなんでしょうけれど……と私が思ったところで、ギャネット殿下が数歩歩み出られた。
「さすがだな。イアン・テッセン、ルリーシア・ストレリチア」
名前を呼ばれた二人も、それを見ている私たちも自然と背筋が伸びる。殿下に置いていかれる形になったセレスタ嬢も、そこだけは他の者と変わりはないようね。
「まだ荒削りなところがある作品だが、それも年と修行を重ねれば良くなっていくんだろう。これまでとこれからの積み重ねが、きっとものを言うぞ」
「あ、ありがとうございます! 今後も精進します!」
「ルリーシアは、突きの速さがさすがだな。男と女ではどうしても戦い方が異なるのは致し方ないが、お前の戦い方はその身に合っていると俺は思う」
「はい、ありがとうございます。父とは違う戦い方になってしまいますが、騎士として帝国への忠誠とともに精進したいと存じます」
「ああ、父上と兄上のために頼むぞ」
イアンとルリーシアにそれぞれ励ましのお声を掛けられた殿下のお姿はとても凛々しく神々しくて、さすがは第二皇子殿下だわ。
私にとって殿下は色恋沙汰など超越した、高い場所におられる方ね。……というか、そう言う意味でなら殿下よりも誰よりも、私はジェット様をお慕いしているのだし。




