013.令嬢は見惚れる
騒ぎが落ち着いた頃、クラスメートたちや他の見物人が続々とやってきた。私の学年は結局、全員来たのではないかしら。シンジュ様とアレクセイ・サンドラたち、ラズロとグランがそれぞれちょっと離れたところに見えるわね。
ルリーシアとイアンが来たわ。ルリーシアは新しい短剣を、イアンは書類と筆記具を手にしているわね。作った短剣の試験なのだから、当然といえば当然かしら。
「人、多いっすね……あ、ギャネット殿下!」
くるりと道場内を見渡したイアンが、殿下に気づいて駆け寄ってきた。ついてきたルリーシアと共に、たどり着くと踵を揃えぴしりと直立不動になる。
「わざわざご足労頂きまして、光栄です」
「テッセンの息子が作った武器を、ストレリチアの娘が試すと聞いてはな。黙っちゃいられなかったさ」
ルリーシアの言葉に、殿下はゆったりとお答えになった。そうして少し何かをお考えになってから、声を落とされる。
「……親の名前ばかりですまんな」
テッセンの息子。
ストレリチアの娘。
家柄が物を言う世界では、子供はどうしても親の名を背負うことになる。私はハイランジャの娘……というよりは、ご先祖さまから受け継いだ角のほうが目立つけれど。
でも、殿下のお言葉を受けてイアンは、はっきりと答えた。
「いえ。この学園で一番ご両親の名を背負っておられるのは、失礼ながら殿下かと」
「ははは、それは言える」
そうよね。皇帝陛下の次男であらせられるギャネット殿下が、この学園の中では一番大きな親の名、皇帝陛下のお名前を背負っておられるのよね。そもそも、スターティアッド学園の名も今の皇帝家であるスターティアッド家から来ているものだし。
それを考えると、その殿下の横にべったり張り付いて当然というお顔をされているセレスタ嬢はすごい人物だわ、と思う。もちろん、肯定的な意味ではないけれど。テウリピアの名前を背負っていて、あんなことができるんですものね。
「いいものを見せてくれよ」
「ご期待に添えるよう、頑張ります」
「必ずや」
セレスタ嬢は置いておいて、殿下のお言葉に二人は深く頭を下げる。そうしてイアンは、ダミー人形をいくつか床に固定する形で据え付けた。木の支柱に麦藁で肉付けした、使い捨てのものだ。短剣の使い勝手を試すのだから、そのほうがいいのでしょうね。
「では、参る」
「頼んます」
ルリーシアが、無骨な鞘から短剣を抜く。30センチほどの両刃の剣で、鞘にも柄にも飾りはない。イアンが後ずさりしながら答え、ある程度の距離をとったところでルリーシアは、短剣を構えるとダミーの一つに相対する。
「ふう………………はっ!」
深呼吸から一転、すばやく踏み込んでの一撃はダミーの右肩から左の腰までをほぼ一直線に切り裂いた。ざくりと裂かれた麦藁の欠片が飛び散るのには目もくれず、ルリーシアは次のダミーめがけて今度は突きを繰り広げた。
「は、は、は、は、はあっ!」
ざくざくざく、小気味の良い音を立てて切っ先が藁に突き立てられていく。細切れの藁屑が飛び散るけれど、それがルリーシアを汚すことはないわね。
短剣の持ち方が、逆手に変えられる。また別のダミーを、目にも留まらぬ速さで数度切り裂いた。
「ふんっ!」
そうして最後は縦に、真っ二つにしてしまう勢いで上から下に切り下ろした。……いえ、本当に真っ二つになったわね。麦藁のボディだけでなく、支柱ごと。
「……」
全てのダミーにダメージを与えたルリーシアが短剣を鞘に収め、そうして一礼をするまで私たちは、彼女の剣技を見ていた者たちは、ただの一言も発することができなかったわ。ええ、さすがはルリーシア・ストレリチアとしか言いようがなかったもの。




