012.令嬢は紹介する
目的地である道場に到着すると、既に数名先客がいた。その中に、やはりというか目立つお二方のお姿も。
「ローズクォテア、フォシルコア。来たのか」
「殿下、ジェット様」
「お早いですね」
「授業が早めに終わってね。ローズ、お連れの皆もこちらへ」
ジェット様の手招きに応じて、シトラも含めてその隣に入れさせていただく。他の方々はそれぞれバラバラに場所を取っているから、特に問題はないはずよね。
「お二人も、噂をお伺いになりましたの?」
「ああ。テッセンの跡継ぎが作った剣のテストを、ストレリチアの娘がするんだろう?」
わくわくした顔をしておられる殿下が、さらりとお答えくださった。殿下のことだから、皇族の方々がお側に連れ歩いているという忍びの者たちからお話を伺ったりしたのかしらね。
ストレリチアの娘、か。ルリーシア・ストレリチア、彼女のことね。お父上が騎士団におられるから、殿下もそのことをご存知でいらっしゃるのでしょう。イアンのことも彼のお父上絡みでご存知だし……何だかんだ言っても、親の力は大きいのよね。そういう世界であるし、仕方のないことだけれど。
「そんな楽しそうなやつ、今のうちに見ておかないと、もっと名前が広まってからじゃあ見物客が増えすぎて大変だ」
「殿下でしたら、優先的に良いお席を用意していただけるかと思うのですが」
「皆の中に紛れて見るのが楽しいんじゃないか。なあ、ジェット」
「いつも、最前列で見学してるじゃないですか」
フォスのツッコミにもめげず、笑ってジェット様にお話を振られる殿下。それに対するジェット様のお答えは……まあ、殿下ですものね、としか言いようがないわね。別に殿下が割り込むわけではなくて、今みたいに早くに場所を取っておられるだけなのだから。
「本当に今のうちにしておいてくださいよ? 公務につくようになれば、警備が大変なんですから」
「父上や兄上に比べりゃ楽だろ。まあ、気をつける」
ジェット様の危惧も、もっともよね。第二皇子殿下ということで、反体制派や諸外国の過激派などに生命を狙われる、ということもないわけではないのだし。
それと殿下、比較対象が問題なのではないかしら? 要するに皇帝陛下と、皇太子殿下なんですもの。確かに警備はそちらのほうが大変、というかガンドレイ帝国で一番厳しく守らなければならない方々なのだから。
と、ふと殿下の視線が僅かにずれた。どうやら、シトラが気になられたようね。
「そちらは」
「ローズが世話になっている、宝石商のご息女ですよ」
ジェット様には、シトラにお世話になり始めてすぐにこのことは話してある。そこからギャネット殿下にも伝わっていたようで、殿下は「なるほど」と頷かれた。
「角の手入れが上手い、とか言っていたな。ローズクォテアとジェットが認めているなら、良い腕なのだろう」
「あ、ありがとうございます……中等部二年、シトラ・パストです」
「パスト?」
シトラの姓を知って、殿下がふと動きを止められた。殿下が宝石商とつてがあるとは……ああ、御本人になくてもご家族にはあるわね。
「俺はあまり縁がないが、母上が世話になっていたかな。確か」
「あ、はい。皇妃陛下には父からいくつか納めさせていただいております」
「やはりか。学園に来ているということは、あとを継ぐために精進しているのだろう? 頑張ってくれよ」
「は、はい!」
え、さすがに皇妃陛下とのお付き合いがあるなんてことは初めて伺ったわ。うちとはお付き合いがほとんどなかった相手だし……まだまだ勉強不足ね。頑張らないと……と思ったところに。
「あー! ギャネット殿下、ここにおられたんですかー!」
イアンとルリーシアを待ってざわざわしていた道場内が、一瞬シーンと静まり返る。視線が集中した先には、まあやはりというかセレスタ嬢がおられた。
周囲には目もくれず、まっすぐ殿下のところまでやってきたセレスタ嬢は、可愛らしく困った顔をして殿下の腕に自分のそれを絡め……ようとして、ぺしりと叩かれた。ジェット様はさすがに呆気にとられていたようで、殿下ご自身が引っ叩かれたわけだけど。
「んもう、何で道場なんかに来てるんですか? これからカフェで、美味しいスイーツご一緒しようと思ってたのにい」
「俺がスイーツより道場のほうが好きだから、だな。それと、レディなら場をわきまえて声を控えろ」
「はあい、殿下がそう言うならおとなしくします」
ある意味懲りない、しぶといという点では貴族としてふさわしいのかもしれませんけれど……テウリピア子爵。失礼ながら、ご息女に最低限のマナーは教えたのかしら?
言葉遣いなどはともかく、しょっちゅう大声を張り上げるのはどうかと思うのよね。ほら、皆が白い目でひそひそと話し合っているじゃないの。




