011.令嬢は同行を許す
学園の園舎から少し離れたところに、様々な技能を習得するための実習棟が存在している。
ルリーシアが剣術を鍛えている道場や、イアンが鍛冶師としての腕を磨いている鍛冶場もここにあるのよね。他には宝石を磨いたり鑑定したりとか、ドレスを一から……それこそ型紙から作り上げたりとか。見ていると飽きないけれど、実習生たちの気が散るのであまり来ないようにはしているの。
「あ、レディ!」
フォスと一緒に道場に向かう途中、宝石商のご息女であるシトラが歩み寄ってきた。宝石やカラーストーンの扱いや見極めが得意で、ゆくゆくはお父上の後を継がれた上で職人としても働きたいのだとか。
大柄で黒髪を無造作に束ねた作業着姿は、商人というよりは職人の方が似合っている気がするわ。
「こちらにお越しですか。本日は何用でしょうか?」
「こんにちは。イアンの短剣がテストされると伺いまして、寄せてもらいました」
「ああ、それなら実習棟でも噂になっております。同行をお許しくださいませんか?」
「もちろんですわ。いつもお世話になっているのですから、その御礼にということで」
「ありがとうございますっ!」
同行を許可すると、シトラは朗らかに笑って喜んでくれた。別に許可がなくても見に行くことはできるけれど、多分私と一緒にいると良い場所で見られるから、のよう。変なところで、親の地位が働いたりするのよね……はあ。
いつも世話になっている……というのは、要は角の手入れである。私の額から生えているのに宝石っぽい材質らしく、赤く色づいてからは丁寧に布で磨いてお手入れをしているのだけど……シトラは宝石を扱う修行をしていることもあって、手入れがとてもうまいのよ。中等部の頃一度してもらってから、時々お願いをしているのよね。
「まあ、シトラさんがお手入れしたローズ様のお角は、そこらの宝石が束でかかってきても敵わないレベルの美しさですものね」
フォスもそう言ってくれるくらい、シトラの手入れは良いものなのよね。少しでもずれると皮膚と擦れて痛いのだけれど、シトラはそう言うことは絶対にない。それでいて埃も曇りもなく、つやつやと美しい宝石のような光沢に仕上げてくれる。
……ああ、セレスタ嬢が装飾品をつけていると間違えてもおかしくなかったわね。シトラの腕が良かっただけだわ。
「私の角は、そんなに良い品質なのでしょうか」
「はい、それはもう。削って材質チェックできればもっとはっきりするんですが、さすがに大切なお角ですのでそうもいきませんし」
シトラの言葉に、思わず角を押さえる。いえ、引っ張られたらさすがに痛いけれど、削るくらいなら爪などと一緒で痛くないのではないかしら……と思う。試したことがないので、わからないのだけれど。
ちなみに磨く、といっても布で表面を拭うとか時折クリームや油を塗るくらいだから、表面が削れているということはないわね。
「それにわたし、ジェット様を敵に回したくはございませんから」
「あら」
そうして彼女が付け加えた一言に、思わず目を見張る。
ジェット様もこちらにはよくおいでになると伺っているけれど、シトラが敵になりたくないと思ったということはそういう経験があった、ということになるわね。
と言っても私、ジェット様が怒ったところは拝見したことがないけれど。
「何かありましたの?」
「いえ……時折道場で、ギャネット殿下とジェット様が剣を交えているのを拝見することがございます。あの戦い振りを見てはとても。わたしが無礼をすれば、一瞬で首が飛びましょう」
それは、私も知っているわ。というか、たまに見学させてもらっている。あのお二方は剣の腕も抜群で、時折私などの目には見えない速さで勝負が決まることもあるのよね。
確かにあれを見ていれば、彼らを敵に回したいと思うことはないでしょうね。少なくとも、ガンドレイ帝国の民としては。
別の国の民であれば帝国に対して敵意を持つこともあるでしょうし、それは帝国の歴史上仕方のないことではあるのだけれど。
「ジェット様には私からきちんと申し上げておきますから、大丈夫ですよ。いつか、シトラに目利きしていただいたアクセサリーで身を飾るのが私の夢の一つなんですから」
「シトラさんの目利きであれば、私も是非お願いしたいですわ。他にもたくさん、顧客候補はいるはずですよ」
「まあ! それはそれは、一層修行に身を入れないといけませんね」
私の思いと、それからフォスの言葉にシトラはぱあ、と顔を輝かせる。だってシトラ、センスもいいんだもの。だからこそ、宝石商の後継者として修行しているのでしょうから、ね。




