その24
「まだ高校生だぞ」
もう一人の男が答える。こっちは標準的な体形だ。茶髪に高そうな服で、明らかに僕より年上だとわかる。
「なんでわかる?」
「昔付き合ってたんだよ。まだ高校のとき。俺が三年で、あいつが一年」
僕はぎょっとした。
「犯罪じゃないか」
「いいんだよ。あのときは可愛いし素直だったのに。変わっちゃうもんだな」
「どうだったんだ」
小太りの男はにやにやと嫌な笑みを浮かべている。茶髪は笑った。
「初めてで不安そうにしてるところは凄く良かったな……慣らすのに時間がかかったよ。ま、恋愛なんて病気みたいなもんだ。免疫をつけてやれば、いくらだってできるようになるさ」
「せっかく教育したのに別れるなんてもったいないな」
「あんなこと言うんだ。常識が通じる相手じゃない。あいつを振った誰かも、よくわかってるよ」
「田中はいい奴です」
二人がぎょっとして僕のほうを向いた。
「なんで田中にそんなことをしたんですか」
茶髪はあっけに取られていた表情から一転、口元をゆがめた。
「やりたかったからだ」
考えるよりも先に体が動いた。僕は茶髪の顔面を思い切り殴ろうとした。けれど、身をかがめてかわされた。右腕を掴まれ、思い切りねじられる。痛みに声をあげそうになる。
「止めとけって」
小太りの男が言う。
「こういうやつにはちゃんと教えてやったほうがいいんだ。誰も、自分には手を出さないと思ってやがる。あいつもそうだったよ。自分にはきっと触れてこないだろうって確信してた。人間の本質は暴力だ。違うか?」
周囲のざわめきが遠く聞こえた。僕は足を振り上げて、男の脇腹を思い切り蹴ってやった。
「こいつ、おとなしくしろよ」
目の前に火花が散った。思い切り盤面の殴られて、僕は地面に倒れこんだ。頭がくらくらする。身をよじり、腕を振り回し、とにかく抵抗した。僕はいったい何をしているんだおる。お腹に何かが突き刺さり、頭を地面に打ち付け、体のあちこちに痛みの痕跡が増えていく。
「止めろ!」
誰かが叫んだ。僕はいつの間にか誰かに脇を抱えられていた。目を真っ赤にした茶髪も、大人たちに抱えられてどこかへ連れられて行くところだった。
「大丈夫か君? 何やってるんだ」
頭がぼうっとしていた。
「三木くん!」
空気を突き刺すような、泣きそうな声が聞こえた。人混みをかき分けて、青色のドレス姿が僕のところにかけてきた。田中だった。
「何してるの。馬鹿なことは止めなよ」
「悪かった。田中、僕は」
口がうまく動かない。
「いいから。今すぐ、医務室に行こう」
田中は周囲の大人と何か話している。後から、鳥羽さんと多田がやってくるのが見えた。
重い足取りで医務室まで歩いていく僕を見て、田中が言った。
「でも、これからはもう話はしてあげない」
七夕祭りは終わった。




