その20
「考え中」
「え? どういうことですか? 高い屋台の飯を食わされるだけのクソイベントだって言ってたじゃないですか」
「行かないってわかってて聞いたのか」
「お約束かと。どういう風の」
後輩がうるさい。
「いいだろ。高校生活も最後なんだ。そういう気分になったんだよ」
「三木先輩が……」
長嶋は考え込むような表情をする。
「何だよ」
「迷ってるなら僕と行きましょうよ」
「なんでお前と行かなきゃいけないんだ」
「意中の子を七夕に誘って断られたんですよ」
そんなやつの代わりは務めたくない。
「重すぎる役割だな」
代わりになんてなれるわけがない。
「『○○は来ないんだな、わかった、じゃあ他の人たち誘っていくから。全く、問題ない』とか言っちゃって、あたかも七夕に行くのが主目的で誰と行くかなんて全然重要視してない的な逃げ方をしてしまったので、一緒に行く人を絶賛募集中なんです」
「ひどい嘘だな」
「お願いします」
「嫌だよそんなの」
えええ、と長嶋は手札を床にぶちまけた。
「長嶋はさっきから何やってんだ。一人でトランプか」
「手品の練習です。モテるらしいですよ手品」
ぴっ、と気持ちのいい音がすると、長嶋の手にはいつの間にか一枚のカードが握られている。理由は軽薄なくせにやけに器用だ。
「僕は行かないよ」
「じゃあ誰と行くっていうんですか」
「行かないことに決めた」
「さっき迷ってるって言ったじゃないですか」
「お前のおかげで悩みが絶たれた」
「ひどい嘘ですね」
長嶋は憤然としている。
「でに任せてください。悩みなら聞きますよ」
意中の子に拒絶された後輩に相談とか普通にしたくなかった。
僕は竹刀を片づけて畳に座った。
「吐く気になりましたか?」
「ちょっと黙れよお前」
黙った。
長嶋はデッキをシャップルしたりぱらぱらとめくったり並べたりして何かを練習し始めた。本当に黙ってしまうところは素直なのか冗談なのかよくわからない。
「その意中の子のことはどうするんだ」
「諦めます」
「早いな」
「人間に大事なのは撤退のタイミングですよ。勝てない戦いに貴重な時間を労力をつぎ込むのは得策じゃありません」
束にまとめたカードを畳に置いた。
「辛いですけどね」
ポケットの中の携帯が震えた。差出人を確認する。長嶋は僕をじっと眺めてくる。
「誰からですか」
「誰でもいいだろ」
鳥羽さんからだった。タップして中身を確認する。
「何にやにやしてるんですか」
「してないだろ」
「先輩わかりやすいので気を付けてくださいね。僕くらいですよ。何も言わない優しい人なんて」
長嶋は立ち上がった。
「どこ行くんだ」
長嶋は僕を振り返る。
「今日の練習は終わりです。残るなら、鍵は駆けて行ってくださいね」
僕を残して長嶋は去ってしまう。変な気の利かせ方をするやつだ。
僕はもう一度、鳥羽さんからの連絡を眺めた。
『七夕祭り、どうするの?』




