その2
鳥羽さんは落ち着きを取り戻していた。と、口元に手をやってわざとらしく咳をした。
「夏休みまでに多田くんと正式な交際を始めたい」
胸を張って宣言する。
僕も、夏休みまでに鳥羽さんとの正式な交際を始めようと計画していた。鳥羽さんの眼中に僕の姿がなかったのは最大の誤算だった。
彼女のお願いは断わりたくない。だけど今回は無理だ。
「無理だ。止めたほうがいい」
「やってみないとわからないよ」
「多田は機械しか愛せないんだ」
「そんなことない」
彼女は強い決意に満ちたていた。
「多田は異性を必要としないし、必要ともされない人間だ」
「私は必要としてる」
「多田の、何がそんなにいいんだよ」
僕の声は卑屈な響きに満ちていた。
鳥羽さんは眉をひそめた。一度口にした言葉は取り消せない。
「友達なのにそんなこと言うんだ」
僕は自分が恥ずかしくなった。
下校時刻のチャイムが鳴った。鳥羽さんはパソコンの電源を落として鞄を肩にかけた。一連の作業の間、僕らはずっと無言だった。
外に出る。がちゃん、と、重い響きとともに図書室の鍵は閉まった。
「私さ」
下り階段に一歩目を踏み出す。僕は彼女の言葉を待った。罪人が判決を待つときもこんな気持ちかと思った。
「三木くんが図書委員に立候補してくれて凄く嬉しかったんだよ」
僕は自分でもちょろいと思う。その一言で、彼女の頼みを断ってはいけない気がしてくる。
「協力するよ。この前教えてくれた小説、当たりだったから」
白い蝋燭にぱっと炎が灯るみたいに、彼女は表情を明るくした。




