その18
「変な友人で悪い、三木」
「僕は何とも思ってないさ」
多田が遠く見えた。鳥羽さんの思いが僕に向けられたものでないとわかったときよりも、大人と対等に話しているのを見たときよりも、熱機関の仕組みを教えてもらっているときよりも、多田がずっと遠くに見えた。
「無理すんなよ、顔ひきつってんぞ」
「無理してない」
その直感は閃光みたいに僕の脳裏を貫いた。何もしなければ、僕はひとりの友人を失う。
「僕はなんとも思ってない。証明してやる」
「馬鹿か、何言ってん……」
僕は、その体がへし折れるくらい強く多田を抱きしめてやった。言葉を失った多田は泡を食ってぽかんと口を開けている。
あの夜、田中の言っていたことを思い出す。凄く強力な予防接種。慣れれば何とも思わない。
僕は田中の行動をそのままなぞった。粘膜の触れる生々しい感覚。と、多田が頭を振った。
頭蓋の中に響く衝撃。多田のヘッドバッドで、僕らは二人そろって地面に崩れ落ちた。
「変態か馬鹿、何考えてんだ」
顔が熱い。道行く人が僕らをじろじろ眺めてくるのも今は気にならなかった。
「別に何とも思ってないって言ってるだろ」
多田は苦しそうな表情をふっと緩めた。
「本当に、お前は馬鹿野郎だよ」
赤信号で止まったバスの乗客が、そろって僕らのほうを向いている光景がなんだか滑稽だった。
誰かが窓ガラスを叩いている。僕らと同じ高校の制服だ。
交差点の信号が青になる。去り行くバスの窓から、僕らをずっと追い続けていたのは鳥羽さんだった。
「お前、どうすんだよ」
多田のつぶやきを耳にして、僕はやっと我に返った。