その16
僕は多田を落ち着かせようと、近くのコンビニまで引っ張っていった。外のベンチに座らせ、チョコレートを無理やり口に押し込んだ。甘いものを食べると人は落ち着く、と誰かが言っていた。本当かは知らない。
多田は咀嚼して、飲み込む。よし。人としての機能はちゃんとしている。一つ息を吐くと。僕の手からペットボトルの水を取って飲んだ。なおよし、だ。
「急いでたわけじゃないよな」
「死に急いでた」
多田はこともなげに言った。僕らの間にペットボトルを置いた。
「お前らなんか企んでただろ」
「否定できない。鳥羽さんのこと」
電車に飛び込んだことには、触れていけないと思った。
「本人から聞いたよ」
「応えてやればいいじゃないか」
多田は立ち上がった。ゴミ箱にペットボトルを放り捨て、すん、と鼻をすすった。顔をごしごしこすった。
「答えたよ」
「そういう意味じゃ」
多田が歩き始めたのを追う。住宅地を歩く。空き地に小さな公園があった。滑り台とブランコがある小さな公園だ。ぐるぐる回る器具は安全上の理由で撤去されていた。
多田は何も言わない。
少し広い通りに出る。夕方の町をバスや車が行き交う。僕らは黙って歩いた。沈黙は気づまりじゃない。
「そういう意味じゃ」
「同意しようが断ろうが俺の自由だろ」
全くその通りだ。
「そんな言い方はないんじゃないか」
「女子みたいなことを言うなよ」
多田はため息を吐いた。
「お前らはどこまで通じてるんだ」
「だいたい全部」
僕は白状した。
「お前らなあ」
「前向きに応えてみたっていいんじゃないか。その、今、誰とも交際関係にないなら」
「できない」
しない、じゃない。できないといった。
目の前の信号が赤になった。多田は足元の点字ブロックをじっと見つめる。
僕は、他人の内面に立ち入りすぎたのかもしれない。
「悪かった」
「ちょうどいい。人の心に土足で踏み込もうとしたんだ。最後まで聞いてけよ」