その15
自宅の近所に開かずの踏切がある。一度下がり始めたら十分は開かない。市営と民営の鉄道会社が並走しているからだ。それも単線でなく、上りと下りで二本ずつ。朝に捕まったりなんかしたら最悪だ。その日の遅刻が確定する。
今日は帰りに捕まった。赤い車体が目の前を通り過ぎると、右向きに点灯していた矢印が反対向きに変わる。踏切は開かない。遠くから電車の音が迫ってくる。
誰かが後ろから近づいてくるのに気がついた。振り向いて、どきりとした。多田は蒼白な顔をしていた。まるで幽霊みたいなおぼつかない足取りだった。
「多田?
多田が僕のほうを見た。顔はくしゃりとゆがんで泣きそうだ。
肩から掛けた鞄が地面に落ちる。多田は地面を蹴って駆け出した。
咄嗟に手を伸ばして腕をつかむ。けれど振り切られた。
多田を追いかけて、僕も踏切を飛び越えた。
「馬鹿野郎。何考えてんだ!」
僕の声はひび割れていた。耳の奥がきいんとする。
多田は一気に駆けた。電車が迫る。僕は思い切り手を伸ばした。多田の手首を、今度こそ掴んだ。
多田の腕が奇妙にねじれた。バランスを崩して倒れる。と、轟音を立てて目の前を電車が通過した。強烈な風圧が僕らを襲う。
警笛と、地面から伝わる振動が止む。車体が視界の向こうに遠ざかっていく。遮断機が上がる。焦点を失った多田の目が僕を見上げていた。