その14
※その13を分割しました。
駅名がアナウンスされ、電車は止まった。田中は足早に電車を駆け下りた。駅のホームに降りたところで、名前を呼ばれた。顔を上げると、隣のドアから鳥羽さんが顔を出していた。
鳥羽さんは流れ出る人並みに押されてこちらへやってきて、おはよう、と言った。僕らは黙ったまま改札をくぐった。
学校までの道のりが急に遠く見えてくる。鳥羽さんはためらいがちに口を開いた。
「もう止めるよ」
言葉とは裏腹に、彼女は晴れやかな表情をしていた。決意を秘めた穏やかさ。僕が鳥羽さんに惹かれたのは、きっとこういう部分だと思った。
「どうかした?」
「いや、別に、僕は」
嘘が下手にもほどがある。
「なに?」
ぐいと鳥羽さんが迫る。観念した。
「……恋愛と性欲は別なのかな、とか思って」
鳥羽さんはあっけにとられた表情をしたけれど、すぐに元に戻る。
「私は別だと思っているよ。だから」
鳥羽さんは即答した、かと思うと突然言葉に詰まった。
「その、えっと、そういう商売とかそういう関係があるんじゃない」
僕がどういうことか尋ねると、鳥羽さんは口を一文字に結んで返事にした。そこまでしてやっと、鳥羽さんの言いたいことがわかった。
「悪かった。誘導尋問なんてする気じゃない……僕も、そうだといいなと思うよ」
「変なの」
前を向いて歩く。遠くに田中の姿が見えた。すらりと伸びた体躯と綺麗な髪。後ろ姿でさえ人目を惹く。校門脇の掲示板をちらりと眺め、早足でさっさと校内に入っていく。
鳥羽さんも田中に気が付いた。
「変わったよね」
「田中のこと?」
鳥羽さんは頷いた」
「仲いいんだな」
「自分の話は全然しない人だけど、誰とでも仲いいよ。田中さんは」
感情がこもっていない声だった。
田中は誰とでも仲がいい。だから僕は昨日、からかわれたのだと思った。もし流されるままになっていたら謀略の餌食になっていただろう。
「見た目に反して皮肉屋なのも加える」
鳥羽さんは笑った。彼女からもそう見えるらしい。
看板の前まで歩いた。一枚のポスターが目に入る。藍色の背景に、色とりどりの流しが描かれている。『七夕祭り』と、上部に大きく書かれている。鳥羽さんが立ち止まるのに合わせ、僕も止まる。
「もう夏休みかあ」
七夕祭りは、市の主催で三日間に渡って行われる。七月七日ではなく七月の下旬に行われるため、『七夕終わってるのに』と誰か呟くのがお決まりだ。今年初めてのフレーズを、僕は鳥羽さんから聞くことになった。
「今年は行けないけど」
と鳥羽さんは言った。
「当てがないなら、僕と行こうよ」
鳥羽さんははっとこちらを向いた。一瞬遅れてどきりとする。自分の口からそのフレーズが出てきたのは、本当に予防注射のおかげかもしれない。
「なんで三木くんと私で」
「なんでって、それは」
鳥羽さんは乗り気でなかった。
「……高三の七夕は今年で最後、だし」
「毎年やってるんだけどね」
自分の言い訳と沈黙が苦しい。耐えかねた僕は、逃げ出すみたいに右向け右をした。
「いいよ」
認識するのにちょっとだけ時間を要した。