その11
何もしないのが一番よかったかもしれない。
一度、鳥羽さんと多田と同時に鉢合わせした。お昼休みの終わりかけ。僕らは声を交わしもせず、視線を背けて、足早にその場を後にした。凄く気まずかったから、誰も声を掛けられなかったんだと思う。
「今日はいつにもまして覇気がないね」
校舎を後にした僕を追いかけてきたのは、鳥羽さんでも多田でもなかった。
「鳥羽さんがよかった?」
田中は駆け足で僕の隣に並んだ。
「誰でもよかった」
「じゃあ好都合だったね」
僕田中と顔を合わせて心が安らぐ経験をしたのは初めてだった。
「恋愛と性別って意味わかんないよなあ」
浮ついた呟きは気が緩んでいる証拠だ。馬鹿にされるだろうかと身構えたけれど、田中は、さあねえ、とだけ言って黙った。
「みんな初めてだから気まずいんだよ」
田中の口調は優しかった。あらゆる悩みと迷いを肯定するような、この余裕はなんだろう。
「悩みを振り払う方法を教えてあげようか?」
僕が頷くと、じゃあ着いてきてと田中が言った。
田中と並んで電車に揺られる。とりとめのない話に耳を傾けているうちに駅に到着した。市立図書館併設の駅だ。
「私の家すぐそばなんだ」
北口から外に出る。慣れた様子で人混みを歩いていく。高架下をくぐると、頭上を電車して、骨まで震わすような振動が地面から伝わる。
「牧歌的だよね」
大通りの脇にはファミリーレストランや大手チェーン店の看板が並んでいる。
「悪いところじゃないだろ」
「この場所もそうだけど、何より牧歌的なのは君たちだ」
君たち。僕は意味がないとわかりつつ左右と後ろを確認した。
「飲み込めない」
「三木くんも多田くんも鳥羽ちゃんのことだよ」
「馬鹿にしてるだろ」
「よくわかってるじゃん」
レストランの角を折れる。通りから外れたところに公園があった。木立に囲まれ、歩行スペースにレンガが敷き詰められている。静かな水のせせらぎが聞こえる。
遊歩道の左右には、等間隔で電灯が設置されている。ぽつぽつの人の影が見える。制服とセーラー服姿の先客があった。
「何するんだ」
「人間観察」
噴水のある広場で四つの歩道が交わる。田中に引っ張られて広場を突っ切る。僕らは遊歩道脇のベンチに座った。
併設された自販機で飲み物を購入した。僕が百二十円を投入すると、田中は迷いなく緑茶のボタンを押した。
「まあまあ授業料だと思って」
「……それで、誰を観察するんだ」
「あれに決まってるじゃん」