その1
扉を開けると、古い本の匂いがした。
南側を向いた窓から、夕日が流れ込んでくる。窓枠や机、書架の影が、規則正しい模様を作って床に落ちる。
僕を振り向いた鳥羽さんの表情は、柔らかい光できれいに見えた。
「重大な話があって、急に呼び出してごめんね」
凛とした声だ。鳥羽さんは机の間を歩いてくる。蔵書管理用のパソコンが、じいーっと無機質な動作音を立て続けていた。
鳥羽さんは真面目を絵に書いたような人だった。小さな口と鼻は小動物を思わせる。髪は耳にかかるくらい。整った顔のパーツと相まって、自然で飾り気のない印象だ。白い肌と、なめらかな黒い髪。鼻にちょこんと乗っかった眼鏡の濃い朱色が、印象的なアクセントを添える。
僕は鳥羽さんが好きだった。いつか告白しようと思っていた。今こうして、彼女から呼びだされるなんて想像もしていなかった。
「何の話?」
彼女は両手を前で組んで、そして離した。また組んで離す。何回か繰り返す。顔を上げようとして、ふいに目をそらす。図書室の静けさで耳が痛くなってくる。
鳥羽さんは顔を上げた。短く息を吸う。
「私、多田くんのことが好きなんだ」
息が止まるような沈黙。丸い頬がみるみるうちに紅潮していく。肩が上下する。口にした言葉の反動か、きょとんとした表情だ。
僕はその場にへたりこんでしまいそうだった。僕の名札にはこうある。
『三木裕章』
多田は僕の苗字じゃない。
「僕は、三木裕章なんだけど」
鳥羽さんは首を傾げた。名前を呼び間違えたんじゃないか。一縷の望みをかける。
「それがどうかしたの?」
僕の望みは絶たれた。