不幸体質
俺は河本。俺には謎の不幸体質がある。とは言っても、鳩の糞が頭に落ちてきたりといった軽度なことが1日に1、2回ある程度だが。
今日も普通に登校していると、ボールが俺の後頭部に直撃した。
「いて!」
転がったボールを見てみると、それはサッカーボールだった。サッカー部のか?
「すんませーん」
遠くから声が聞こえる。そちらの方へ目を向けると、ユニフォームをきた男子生徒がこちらにやって来るのが見えた。見た感じ1、2年生だと思う。
「おいおい、気をつけろよ」
俺はサッカーボールをその男子に渡す。
「すいません、気をつけます」
その生徒は、ありがとうございました、と頭を下げて去っていった。まったく、今日も相変わらずだな、俺の不幸体質は。
俺は苦笑いをした。
「はあ、やれやれ」
俺は教室の自分の席に座る。
「おはよう」
声のした方を見ると、女子生徒がいた。
「おはよう、水瀬」
こいつはクラスメイトの水瀬晴見だ。
「どうしたの? ちょっと元気ない気がするけど」
「まあ、元気がないというかなんというか」
俺は苦笑する。
「ひょっとして、また?」
水瀬の言いたいことは分かる。こいつとは高一の時からの知り合いだからな。
高校一年の時。俺と水瀬がある程度馴染んでしばらくした時のことだ。俺が教室を出てすぐに横から水を浴びた。当然腹が立ったので、そっちを見る。同じ制服を着た生徒が転んでいる。そして、床に落ちているバケツから俺は何があったか理解する。
「ちょっと大丈夫!」
教室内から一部始終を見ていた水瀬が慌ててこちらに来る。
「おう、俺は大丈夫だ」
結構制服が濡れたけれども。水瀬は起き上がった生徒をキッと睨む。
「あんた、河本君に何をしてんのよ!」
「ご、ごめん」
彼女の怒鳴り声に生徒は身をすくませて謝る。俺はいつものアレかと思ったので、普通の声で注意する。
「これからは気をつけてくれよ」
「う、うん。ホントにごめん」
そう言って生徒は立ち去って行った。
「本当に良かったの?」
水瀬が若干不満そうに尋ねる。お人好しに見えたのかもな。
「いつもの事だからな」
「あの子にいつもこんなことされてるの?」
彼女が目を細くして聞く。嫌がらせだと誤解していそうだな。
「違う。俺はこういう事が毎日起こる不幸体質だからだよ」
「不幸体質?」
彼女は胡散臭そうに言う。信用していないな。まあ、こんな非科学的なことを鵜呑みにする方がおかしいけれども。
「ま、信じるかは自由だけど、あの生徒にはあれが初めてだ」
「分かったわよ」
水瀬が件の生徒を追及することはやめそうだ。
「じゃ、俺はジャージに着替えてくわ」
「うん、遅れたら私が先生に説明しとくね」
「ありがとよ」
「いいって」
結局遅れることはなく、授業には出席できた。ジャージになっていることを教科担当には聞かれたが、理由を説明すると教科担当は特に追及することはなかったので、良かった。
それから何度も水瀬が俺の不幸を目撃して信用してくれるようになったんだったか。
「そっか。またなんだ」
水瀬はため息を吐いた。
「で、何があったの?」
俺は今朝サッカーボールが頭に当たったことを彼女に説明した。水瀬は心配そうな顔で俺を気遣ってきた。
「いつもの事だ。心配すんな」
俺はそう言って、ニッコリ笑った。
ある日の休み時間。
「河本君は薄い本を知ってる?」
「なんだそれ?」
クラスメイトの女子生徒Aはいきなり話しかけてきて、意味が分からないことを言ってきた。
「色々あるけど、私が好んでいるのは『BL同人誌』なんだ。オタク系だよ。まあ、漫画が多いけど」
「同人誌? オタク系?」
さらに、意味不明な単語を話し出す。
「分かんないの?」
「おう」
「分からないなら、自分で調べて」
話題を出したのはそっちなんだから、教えてくれても良いのにな。まあ、正論だから文句はないが。それに、別にそこまでして知りたいことじゃないから、調べないでおこう。
「ちなみに、『SF小説』はオタク系じゃないよ。昔は分からないけどね」
今度は知ってる単語が出てきた。
「『SF小説』は知ってるよ。でも、さっき言ってたやつと何の関係が?」
「何も関係ないよ」
そう言ってAは俺から離れて行く。じゃあ、なんでSF小説の名前を出したんだよ。そう思ったが、あいつは元々クラスで浮いているような奴だからな。おかしな事を口走っても変でもないか。
俺が内心で自己完結していると、見知った男子生徒が俺に話しかけてきた。俺の友人だ。
「さっきAと話してたけど、おまえ仲良かったっけ?」
「いや、あっちが一方的に話しかけてきただけで仲良くないぜ」
「ふーん」
どうとも思っていなさそうな返事だった。まあ、無理もない。
「そういや、おまえに趣味ってあったっけ?」
唐突に友人が聞いてくる。
「うーん。ないな」
考えてみたが、なかったから正直に答える。
「そか。俺の趣味は読書だ」
「小説好きなのか?」
俺の疑問に友人は笑って答える。
「そうだよ。てか、趣味読書は大抵小説を指すだろ」
「そうだな」
友人の断言に俺は同意した。
「俺は主に文庫本を読むぜ。新書、ソフトカバー、ハードカバーも読むが」
「そうか」
俺は相づちを打った。
「ほんじゃな、水瀬」
「うん。ばいばい」
ある日の放課後。俺は水瀬に別れの挨拶をして、教室を出る。
そして、学校からの帰り道に急に意識が飛んだような気がした。
いつの間にか見たことがない場所にいた。周りを見ても本当に何もない。無限の白があるだけだ。なぜ俺はこんなところにいるんだ。というか、全てが白なのにどうして俺は立つことができているのだろうか。分からん。
「おい」
誰かの呼ぶ声が聞こえる。幻聴か?
「幻聴じゃねえ」
まただ。なんなんだ? 疑問に思っていると、突然上空に人間っぽいものが現れた。
「な、なんだ?」
いきなり非現実的なことが起こった! まあ、この場所自体が非現実なのだが。
「俺は神様だ」
意味不明なことを言い出す人間っぽいものに俺は言う。
「ふざけなくていいから。俺に用があんのか?」
「いや、ふざけてないし。というか、おまえ冷静だよな」
内心は全然冷静ではないが、自称神にかまっていられないだけだ。
「はあ、もっと取り乱すと思ったが、まあいい。で、おまえは自身の不幸体質をどうにかしたいと思うか?」
「ま、そりゃな」
「おまえの不幸体質を抑える方法がある」
「なんだと?」
「おまえの不幸体質を抑えられるって言ってる」
「そりゃ聞いた」
不幸体質を抑える? そんなことが可能なのか? 普通に考えれば不可能なはずだが。
「聞きたい」
俺はできれば儲けものだと思ったので、話半分に聞いておくことにした。
「信じていないようだが、聞きたいなら話そう」
そして、自称神が話した方法はとんでもないものだった。
女からパンチかキックかビンタをおもいっきりされたら、1日くらい不幸体質が消える。ただし、パンチは6時間、キックは3時間、ビンタは9時間痛みが持続する。どれか選べ。
これが自称神が言った方法みたいだが。
「これ自体が不幸体質なんじゃないか?」
「細かいことは気にすんな」
俺の当然の疑問を自称神がいい加減に答える。いや、全然細かくないけれども。
「それに俺はマゾじゃねえぞ」
「おまえがマゾかどうかは無関係だ」
俺の反論を自称神は切り捨てる。
「そんな勝手なことを受け入れるのは、ちと嫌なんだけど」
「河本君。そんなこと言わないで」
聞き覚えのある声がした方に顔を向けると、いつの間にか水瀬がいた。驚いた。
「おまえ、いつからいた?」
「最初からよ」
「嘘つくなよ」
「本当よ」
彼女の表情からは嘘を言っているように見えない。では、どういうことなんだ?
「この女は最初からいたぞ。おまえに知覚できないようにしていただけだ」
俺の心を読んだかのようなタイミングで自称神が答えた。
「なんでそんなことを?」
「理由がいるか?」
「いや、いい」
どうせ答えるつもりがなさそうだったので、これ以上食い下がらない。
「水瀬。おまえから声をかけてくれれば良いのに」
「何回もかけたよ。なのに、河本君は全く反応しないし」
どういうことだ? という目で自称神を見る。
「だから、知覚できないようにしたと言ったろう。当然女側の声も聞こえなかったんだよ」
自称神がめんどくさそうに話す。まあ、もう知覚できるようになっているみたいだし、これ以上責めるのはやめておくか。
「んで、水瀬はこいつの提案を受けろと」
「無理強いはしないよ。でも、私は受けた方がいいと思う」
彼女は真剣な顔で言う。正直あまり信用できないが、ひょっとしたら不幸体質を抑えられるかもしれない。
「うーん。よし、分かった」
俺は自称神に告げる。
「その条件を受けいれる」
自称神はニヤリと笑う。
「パンチとビンタとキック。どれ選ぶ?」
「一番マシそうなビンタを選ぶ」
本当は嫌だが、ここまできて後戻りは難しそうだからな。
「ビンタは肌に直にやれよ。服の上からだとダメージが減って、効果がなくなるからな」
俺は頷いた。
「後な、うーん」
自称神が言い淀む。
「いや、なんでもねー」
「なんだよ、はっきり言えよ」
「んじゃ、お前らを元の場所に帰すわ」
俺の促しを無視して自称神がそう言うと、景色が歪み始めた。
俺はどこかの部屋にいた。いや、どこかではなく自分の家の部屋だ。自称神の不幸体質を抑えるという話の情景がまだ記憶に残っている。夢だったのか? そうだ、夢に違いない。常識的に考えてあんなことが現実に起こるわけない。
俺は荒唐無稽な考えを打ち消して、壁時計をみる。10時半を指している。次に、窓の方を見ると外は真っ暗だった。どうやら、いつの間にか夜になっていたようだ。急いで風呂に入って寝よう。その前に軽く何か口に入れておこう。
それから、俺は軽く食べて風呂に入って寝た。
翌日に水瀬から通信アプリが届いていた。
朝のホームルームの前に空き教室に来て。昨日の神様の条件のことだから。水瀬
昨日の自称神のこと? 水瀬も覚えているということは夢ではなかったってことだよな。嫌な予感がする。
分かった。河本
しかし、無視はできないので、返信しておいた。気が進まないが仕方ない。
そういうわけで、俺はいつもより早めに家を出た。
俺は空き教室で水瀬と向かい合っている。
「河本君の不幸体質を抑えるために背中を叩くわ」
嫌な予感が的中した。やっぱやることになるのか。
「どうしたの? やるって言ってたよね?」
彼女は複雑な顔で尋ねる。たぶん、俺を痛めつけたくないという感情と俺の不幸体質を抑えたいという感情が混じりあっているのだろう。
「やるよ」
「そう。じゃあ、背中出して」
仕方ない。一度言ったことだ。俺は制服をまくって、水瀬に背中を見せる。
「おけ。いくよ」
水瀬がそう言って、右手に息を吹きかける。そして、すぐに背中からパシーンという音とともにかなりの痛みも走った。
「いってー!」
背中が焼けたようにヒリヒリする。痛い。
「ふうー。こっちの手も痛くなるね」
彼女は手を振りながら呟く。いや、俺の方がもっと痛いから。
空き教室に鏡があったので、それで背中を見てみる。
「うわっ」
背中に水瀬の真っ赤な手形があるのが分かる。これは痛いわけだ。
「大丈夫?」
水瀬が心配そうに声をかける。大丈夫じゃねぇよ! だが、弱音を吐くわけにはいかない。でも、無理しすぎるのも良くない。
「完全に大丈夫とまでは言わないけど、なんとかなるんじゃね?」
「そっか」
彼女は不安な顔をしていたが、すぐに笑顔になった。
「じゃあ、行きましょ」
「ああ」
俺達はホームルームまでに教室に戻った。
昼休み。未だに背中がじんじんする。確認のためにお手洗いに行く。よし、誰もいないな。
俺は鏡に向かって背中をめくる。朝の赤い手形が薄まることなく、バッチリついている。痛みも引かないし。これが9時間持続するのかと思うと、鬱々とした気分になってしまう。
俺は昼を食べるためにトイレを出る。
放課後になった。まだ痛い。まだ背中がひりひりする。だが、いつまでも学校にいても仕方ない。俺は痛みを気にしないように下校した。
自宅にしばらくいたら、痛みがなくなっていることに気づいた。俺は鏡で自身の背中を見てみる。赤々とした紅葉が見事に消えている。もう、最初から手形なんてなかったかのように綺麗さっぱり消えている。時間を確認する。5時20分くらいか。本当に9時間痛みが継続することがこれで確定した。
この日は不幸が訪れることはなかった。
翌日。学校で水瀬に昨日のことを話した。
「あの神様は嘘つかないのね」
彼女は感心したように言った。納得しているようだ。俺は未だに自称神のあの発言が引っ掛かっている。なんでもねー、という台詞だ。これがなければ、信用しても良かったんだけどな。
「今のところはな」
しかし、喜んでいる水瀬に水を差すのもあれなので、口ではこう言っておく。
この日も不幸が訪れることはなかった。1日くらいだから、2日もあり得るのかと俺は得心した。
翌日。朝から電話が鳴った。着信は水瀬からだ。
「もしもし」
「もしもし、河本君?」
「ああ」
「昨日の様子はどうだった?」
俺は昨日も不幸が来なかったことと、得心した事柄を彼女に伝えた。
「てことは、今日危なそうだね。ホームルーム前にいつもの空き教室に来た方がいいね」
「そうだな」
俺達は現在件の空き教室にいる。
「そんじゃあ、いくよ」
「おう」
服を捲りあげた背中に水瀬が力いっぱい平手を打った。ぴしゃーんと良い音が響き渡るとともに、背中から焼ける痛みが走る。
「いってーよ!」
相変わらずの痛さに俺は叫んだ。
「うわあ、痛そう」
水瀬が痛ましそうに呟く。いや、仕方がないのは分かるが、おまえがやったんだろうが。まあ、怒るのは筋違いか。
俺は鏡で背中を見る。やはり真っ赤な手形がある。いてー。
それから、俺達は教室に戻る。
くそ。昼休みになっても、背中の痛さが和らがない。
ふう。5時くらいになって、ようやく痛みがなくなった。これがずっと続くとなると、やったことを後悔してしまう。でも、水瀬も協力してくれているんだ。続けないとな。
翌日の学校。
「明日学校休みでしょ? つーわけで、あんたの家で叩くわ」
水瀬がかなり危険な提案をしてきた。俺の身の安全云々の話ではないが。
「確かに、明日の朝から両親はいなくなるから、その点では問題ない」
俺は一呼吸おく。
「だが、女一人で男の部屋に行くのは大丈夫なのか?」
そう、俺の心配はこれだ。
「え?」
水瀬はポカンとした顔になったが、すぐにクスクスと笑いだした。
「河本君、そんな心配してんの?」
それほどおかしいことか?
「あんたはそういう人じゃない。あんたのことは信じてるわ」
だから大丈夫、と彼女は補足した。そんな安易に信用していいのか疑問に思うが、これ以上疑うのは水瀬に悪い。だから、俺は水瀬に感謝した。
結局休日の朝に水瀬が来ることになった。
当日。両親がすでに出かけた家で、インターホンが鳴り響く。時刻は8時42分。来たか。
俺が玄関の扉を開けると、私服の水瀬が立っている。いつも制服姿を見ているせいか、新鮮に感じる。
「とりあえず、入れよ」
俺が彼女を招き入れると水瀬は、お邪魔します、と言って入って来た。
そして、居間に俺達が入ると、水瀬は口を開いた。
「早速叩くね」
俺は頷く。背中をまくろうとするが、彼女が止める。
「待って。今日は頬を叩くつもりなんだけど」
なんだと? 背中でも痛いのに顔だと余計痛い気がするんだが。
「できれば、いつも通り背中にしてくれないか?」
俺は難色を示した。しかし、水瀬は首を横に振る。
「治るまでずっと家にいて良いから。私が家事とかの用事は全部するから、良いでしょ?」
いや、理由になっていなくないか? 理由なく顔をぶたれるのは嫌なんだが。
「どうしても、顔じゃないとダメか?」
「うん、どうしても」
彼女はキッパリ言った。実は俺の顔を叩きたいだけなんじゃ、と疑いたくなる。しかし、水瀬は頑なに意見を変えようとしないから、受け入れよう。まあ、死ぬわけでもないしな。
「分かった。じゃあ、今日はそれで」
「うん!」
自分の意見が通って嬉しいのか、満面の笑みで彼女は頷いた。
「じゃあ、いくよ!」
「ああ」
彼女の平手が俺の頬を打った。パッチーン、という音が鳴るとともに俺の顔が横を向く。さらに、頬から染みるような痛みがわき出てくる。
「くっ、あ」
俺は少しでも熱さを抑えようと頬に手をあてる。
「はい、鏡見る?」
「ああ、見せてくれ」
水瀬が手渡してきた手鏡を受け取って、自分の顔を確認する。やっぱり赤い紅葉があるな。すごい赤いな。ひりひりする。
昼になっても、痛みが収まらない。どうせ紅葉はなくなってないだろうな。
「お昼できたわ」
テーブルに焼きたての焼きそばを置きつつ、水瀬が教えてくれた。油の焼けた匂いが食欲を促進させる。
「分かった。手洗ってくるわ」
「ええ」
洗面所に着いた。手を洗う前に鏡で自分の顔を確認する。赤い手形が薄くならずに残っている。やっぱりな。予想していたことなので、俺は驚くことなく手を洗った。
6時前になった。ようやく痛みが収まった。
「うん、跡はもうなくなったわ」
「本当か?」
「うん、自分で確かめて」
そう言って水瀬が手鏡を渡してきたので、俺は手に持って覗く。うん、本当に跡が消えている。ああ、痛かったなあ。
「じゃあ、私帰るわ」
そう言って水瀬が帰ろうとした時、俺の意識が急に薄くなっていくのを感じた。あ、視界が。
俺が目を覚ますと、無限の白が見える。どこだ、ここは。俺は体を起こすと、周りを見てみる。無限の白だ。そして、近くに見知った人間がいる。
「河本君」
そう、水瀬だ。というか、ここ見覚えあるぞ。
「よお、久しぶりだな」
聞き覚えのある声が聞こえた。上空に人間っぽいものがまた出た。自称神だ。
「また俺達を呼んだのか?」
「そうだよ」
自称神が即答する。
「どういうつもりだ?」
「は?」
自称神が愚か者を見る目を俺に向ける。
「どういうつもりも何も用があるから呼んだんだろうに」
「その用はなんなんだ、と尋ねている」
「なら、ちゃんと言えよ。紛らわしい」
自称神が吐き捨てるように言った。確かに紛らわしいかもしれないけれども、文脈で分かると思うが。
自称神がニヤニヤしながら、口を開いた。
「実はビンタを受けなくても、おまえの不幸体質を永久に消せる方法があるんだが」
自称神がとんでもないことを喋りだした。
「あの、神様。それ本当ですか?」
「おう」
戸惑いを隠せない水瀬の疑問に自称神は力強く頷く。俺は一瞬ボーっとしてしまって、すぐに落胆した。
「じゃあ、その永久に消せる方法は?」
俺の質問に自称神がニヤニヤしたまま答える。
「俺が頭の中で呪文を唱えれば一発だ」
な、なんだと?
「そういえば、あの時何か言いかけていたが、この事か?」
そう、なんでもねー、という台詞だ。
「そうだよ」
自称神があっさりと肯定する。じゃあ、水瀬に叩かれたのは無意味ってことになるな。ふざけてんのか?
「なんで最初からやろうとしなかった?」
「それだと俺がつまんないだろ?」
体を震わせながら問い詰める俺にニヤついたまま自称神が答えた。俺は拳を握りしめる。こいつは殴った方が良いのではないか? いや、殴るべきだ。殴らなくてはならない! 物理的に殴れるかなんて無関係だ!
「河本君」
優しい声で水瀬が俺の名字を呼ぶと、彼女の両手が俺の拳を包みこんだ。
「落ち着いて」
彼女の清らかな声で諭された。仕方なく俺は深呼吸をする。うん、落ち着いてきた。
「ありがとう」
「いいよ」
俺の礼に水瀬が軽く応える。そして、彼女は自称神に視線を移す。
「早く彼の不幸体質を消してください」
「おう、いいぜ」
自称神が目をつぶる。そして、数秒くらい経った時に俺の視界が黒くなった。
目を覚ますと、自分の自宅にいることに気づいた。
「河本君」
水瀬の声が聞こえた。そちらに目を向けると、彼女もいた。どうやら、元の場所に戻ったようだ。
「ちくしょう、あの自称神め。俺達をさんざん弄びやがって!」
「まあまあ、完治したんだしもう良いじゃない」
水瀬が俺を宥めるが、こいつは納得しているのか?
「おまえ、あの自称神を許せるのか?」
「許せるよ。だって、あんたの不幸体質を消してくれたじゃない」
彼女は微笑みながら続ける。
「そりゃあ、過程は良くないと思うよ。過程も大事だと思う。でも、最終的には消してくれたから、良いと思うわ」
まあ、不幸体質が消えたかは確定していないが、水瀬の言う通りだな。
「そうだな、お前の言う通りだ」
俺が同意すると、彼女はうんうんと首を縦に振った。
それ以降俺の不幸体質は無くなった。といっても、不運が完全になくなったわけではない。普通の人と同じくらいの不運と幸運があるだけだ。
「おはよう、河本君」
水瀬がいつものように挨拶をしてきたので、俺も返しておいた。
「おう、おはよう」
「あれからどう?」
水瀬が尋ねてくる。言うまでもなく、あのことだろう。
「あれから、不幸体質はなくなったぜ」
「良かった」
彼女が微笑んだ。その顔は何故か俺の印象に残った。