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夫婦の暮らし


エリックが山で暮らし始めてすぐの頃。

短いです。






 冬の間は家の中にこもりっきりかと思っていた山の暮らしだったが、実際はそんなものではなかった。


 まず、冬の山は連日雪が降る。

 どんなに寒くても雪かきが欠かせない。

 家の近くにある湧水は真冬でも凍ることはないらしく、毎日そこへ水汲みに行く。

 冬は作物を育てることができないので、秋までに野菜や魚、肉類などを保存食として備えて、翌年の準備も欠かせなかった。

 家の中でもやることは多い。

 王都から献上品として持ってきた布や糸で衣服や帽子、手袋などを作る。

 魔女に代々伝えられてきた模様もあるらしく、クッションカバーやテーブルクロスに刺繍を施したりもしていた。 

 たとえ大雪の日であっても、メイジーは毎日同じ時間に起きて、家の中でできることをして規則正しい生活をしていた。


 王都で生まれ育ったエリックは、何の役にも立たなかった。

 騎士だったと言っても、山の中でできることは力仕事くらいだ。

 北の山の暮らしはそもそも王都とは基準が違う。

 王都の感覚では命の危険にもなりかねない。

 エリックが自分の力不足に落ち込むのは早かった。


「すまない。俺はあなたの足を引っ張ってばかりだな……」

「エリックさん?」


 てきぱきと動くメイジーを見てエリックは項垂れていた。

 そんなエリックの姿に、メイジーが心配そうに側に寄る。


「あなたの力になりたいと思っていたのに、逆に迷惑をかけてばかりだ……」


 エリックとてやる気はあるのだが知識不足な上に、メイジーが働き者過ぎて追いつかない。

 気づいたときにはメイジーが次々と終わらせているのだ。

 これでは無駄飯食いが増えただけではないだろうかと心配になった。


「そんなことありません。あなたがいるから、今年の冬はとても楽しいです」

「メイジー?」


 メイジーはお手製のハーブティーをいれると、エリックへと差し出した。

 カップを受け取ったエリックの側に、少し恥ずかし気に腰を下ろす。


「去年まではこんな風に一緒にお茶を飲む相手もいなかったし、お喋りもできませんでしたから」


 メイジーはほんのりと頬を染めて笑った。

 夫婦となったのに、メイジーは同じソファに座るとき手の平一つ分ほどの距離を置く。

 そうしてはにかむように笑う初々しい仕草に、エリックは心から愛おしいと思った。

 とりあえず、雪かきくらいは完璧にできるようになろうと決意する。

 落ち込んでいる場合ではなく、早くできることを増やさなければならない。


 そんなことを考えて黙っていたエリックを、メイジーは静かな理由を別のことと思い違えたらしく、袖をかすかに引っ張った。


「あの……後悔していますか……?」

「ん?」

「王都に戻りたいと思ったり……」


 不安げな瞳でエリックを見上げてくる。


「まさか。あなたが今までこんなに大変だったのだと知って、早く力になりたいと思っているんだ」

「良かった……」


 エリックの言葉を聞いて、メイジーは肩の力を抜いて安堵するように微笑んだ。

 白い頬に血の気が戻り、一気に鮮やかな薔薇色になる。


 そんなメイジーを、エリックはますます愛らしいと思う。

 後悔なんてとんでもない。

 確かに山の暮らしは想像以上に大変だが、愛しい新妻と一緒にいられるだけで幸せなのだ。

 早く彼女の力にならなければと、再度決意を新たにしていた時、側でメイジーがふふっと笑ったのでエリックは首を傾げた。


「どうかしたかい?」

「いえ……。温かいと思って」


 けれど、メイジーの言葉にエリックはまだよく分からず首を傾げる。


「初めてあなたと一緒に眠った夜も、とても温かいと思ったんです。不思議ですね。あなたがいると冬でもとても温かいです」


 はにかむように笑うメイジーにエリックの感情が一気に溢れ出る。

 手の平一つ分の距離を軽々と越えて、メイジーを抱きしめた。


「エ、エリックさん……?」


 腕の中でメイジーが驚いたように身動きするが、エリックの力は緩まない。

 そのまま真っ赤になっているメイジーの唇をふさぐ。

 そうしてさらに真っ赤になったメイジーを見て、愛おしいと思うのだった。


 その夜、魔女の家の灯りは早く消えた。





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