第5話_1 ふたりだけの夜
特殊能力というものは、先天性のものであり、能力者というものは皆、生まれつき能力者である。
だが、その能力に気づく時期というものは、能力者により様々である。
また、その能力に気づいた者がその後どうするのかも能力者により様々である。
そのまま暮らす人、能力を研究しようとする人、善に利用しようとする人、悪事をはたらくもの--
--また、人格が変わる人もいる。
***
「明智………来たぞぉ………」
夜の公園の街頭の下。
政田の家から、ダッシュでいつもの集合場所に来たオレは死にそうになっていた。ノンストップで走りすぎたせいでヘトヘトなのだ。
その街頭の下で腕を組んでいる美少女は、ヘトヘトなオレを見ている。心配しているのか、それとも呆れているのか、もしくはただ疑問に思っただけなのか分からない。
まあ、オレはそんなことを考える余裕もなく疲れている。
そんなオレに向かって明智は口を開いた。
「······何かあったの?」
半分月で半分太陽の不思議な球体が浮かんでいる。闇に包まれた黒い空の中で街灯は光り続けている。そんな、いつもの夜である。
息を整えてオレは答える。
「何もない。ただ走りすぎただけかな」
目の前のお嬢様は興味なさげに黒髪をくるくるいじっている。
「ふぅん。そうなんだ」
いつもの事ながらこのお嬢様は、質問はするだけして答えに全く興味を示す気配がない。それなら答えなかったらいいじゃないか、と言われるとまたそれは違う。答えなかったら答えなかったで無視するな、と怒られるのだ。本当に扱いが難しい。
少しはオレのことを労ってほしいものだ。まあ、そんなの100年待っても無理そうだが。
「さあ、行くわよ」
少しすると、お嬢様は服装の乱れを直して体を大きく伸ばした。
まあ疲れはとれたのだが、あからさまに一つ気になることがある。
「おい明智、オキとジジイは?」
そう、いつもはいるはずのオキとジジイがまだ来ていない。
なのに何でもう行くんだ? 何かあったのだろうか。
「はぁ……めんどくさい······」
お嬢様は深くため息をついてこっちに戻って来る。
なぜだか知らないが、なんか申し訳なくなってくる。
「オキくんは急用で来れないんだって。ジジイは――これ見て」
そう言って明智はポケットからスマホを取り出し、画面をオレに見せた。そこには、『南国なう』というメッセージと共にハワイでアロハシャツを着て、ヤシの木をバックにサングラスをかけて、ピースをしながら自撮りしているジジイの写真があった。クソジジイが······
「分かったならいいでしょ、行くわよ」
激おこぷんぷん丸のオレとは対照的に明智は至って冷静だ。呆れているのだろうか。
そんな明智はスマホをしまい、ステッキを取り出していた。
オレも立ち上がる。気づくと足の怪我がいつの間にか治っていた。別に他に気になるところはない。本当に政田のおかげだ。
なので今がベストコンディション、別にこれ以上休む必要もない。
「さっさと終わらせるか」
こうして、オレたちは夜の街に駆け出した。
その時、オレはふと思った。
--あれ? 何か足りない気がするな。
街には暗闇が立ち込め始めていた。
***
1時間後、もうオレたちは公園に戻っていた。何もせずに。
「誰もいない。どういうことだ?」
街を隈無く探したのだが、魔獣の匂いすらもしない。本当にさっさと終わってしまったのだ。
「そういう日もあるってことじゃない?」
明智も少し戸惑っているが、それ止まりだ。
「そうなのかな」
騒ぎの犯人が、今日は魔獣を召喚しなかったのだろうか。
でもそんな日は、オレたちが今まで魔獣狩りをしていた何千日もの間で初めてだ。
一体何が…………
考えるごとにオレたちの不安は増していく。しかも今日は二人きり、何かあっても対処はいつもよりは難しくなるだろう。
「もう帰った方がいいんじゃないの?」
「あぁ、その方がいいな」
恐らくここでこうしていてもただ危ないだけである。しかも早いといっても日付はもう既に変わっている。
--警察に捕まるか、悪い奴らに捕まるか……
ここにいてもこの二択しかないだろう。
「じゃ、また明日」
「おう、また明日」
こうして、オレたちは逃げるように解散した。
しかし、そうではなかった。
夜の静まり返った街の中、とある物陰からその男はじっと少年を見ていた。その目は、殺意に燃えていた。
オレはいつも通りの道を歩いていた。
だが、何かの勘だろうか、それともこの眼の影響だろうか、オレはとっさに気づいた。
背後から立ち込める紫色の煙。とても殺意に満ち溢れた色だ。
--後ろに誰かがいる!