第4_1話 あの日
「·······!」
夜1時35分。オレがちょうど魔獣を1匹仕留め終えた後のことであった。
狼の体から短剣を抜きとり、次の魔獣を倒そうと体勢を整えた時に、オレは気づいた。
--誰かに見られている。
だが、真夜中の公園。辺りは真っ暗なので姿は朧気で、誰なのかはよく分からない。
少し肌寒い風が吹く。
その時、オレの左足に激痛が走った。
ガルルルル……―――
下を見ると、腰くらいまでの大きさの獣。
そして不覚にも、その大きな口にある鋭い歯は、オレの足を完全に捕らえていた。
「痛っ!」
歯が足に食い込もうとしている。このままではまずい。
オレ自身、魔獣に噛まれたのは今が初めてだ。
痛いとは思っていたが、まさかこんなに痛いとは······
オレは直ぐに短剣を構え直し、痛みをこらえて右腕を大きく振るう。
短剣は勢いよく魔獣の首に刺さり込む。
そして、腕を振り切る。
すると、オレにかぶりついた魔獣の首は地面に切り落とされた。
戦いの中での油断は禁物だ。
足を見ると、何個かの歯型から微量の出血が見られる。
風が吹くと、その傷口がヒリヒリして痛い。
だがそれ程度、これくらいの痛みなら大丈夫だろう。
さぁ、残りの雑魚を殲滅しに行くとするか。
「ふぅ····終わった……」
今日出現した魔獣は全て狩り終えた。戦闘終了だ。
公園のベンチに座り、短剣を磨いたり、オキと明智とジジイと軽く会話をする。
--それにしてもさっきの人は誰だったのだろう。
不思議な天体が浮かんだ空を見ながらふと思う。
時計に視線を移すと、午前2時半。
よい子はもうぐっすり寝ている時間だ。
まだここにいてもいいが、ずっとここにいても警察に補導されるし、睡眠不足になっても困る。
オレは短剣をしまう。この時間なら4時間は睡眠をとれる。
そして、バイバイを言って、解散をする。
ここまでは、いつものオレだった。
***
歩き慣れた帰り道を1人で歩く。
明かりがついている家庭はほぼ無く、閑静としている。
この真っ暗な道も昼と違って趣がある。
毎日違うこの景色は見ていて飽きない。
だが……
それにしてもさっきから体が重い。
いつも歩いている帰り道がシルクロードのように長く感じる。
今日は疲れているのだろうか。帰ったらすぐに寝よう。
今日の住宅街はやけに歪んで見える。
とても不思議だがこれもまた趣があっていい。
今度は空が横に見える。
肌に伝わる冷たくて硬いアスファルトの感触。
だんだんと暗くなっていく目の前の景色。
その時、オレは気づいた。
左足のとてつもない激痛を。
それが、倒れるまでの最後の記憶だった。
***
気づいたら、少し冷たい風がオレの体温を奪っていた。
目を開けると、立ち並ぶ木々の間から夜空が見えている。
どうやら山の中のようだ。コオロギの鳴き声が辺りに響いていて、灯りが周りにない。
でも、なんでこんな所にいるのだろう。
--とりあえず周りを確認しよう。
そう思い、立ち上がろうとした時、10メートルくらい先に人影が見えた。そしてその人影は、だんだんと大きく、そしてハッキリとしていった。
「ねぇ、君なにしてんの?」
「こんな所にいたら危ないよぉ」
「怖い人に絡まれたら大変だもんねぇ」
「そう、俺達みたいにな!」
枯れた声に図太い声、そしてとても大きい声。そんな声と共に、月明かりにより全貌が明らかになった3・人・組・の姿が見えてくる。
髪はモヒカン、背は高くガタイもいい。
どうやらオレは、ヤンキー達に包囲されてしまったようだ。
だがぜんぜん怖くない。なんだってオレは能力者。向こうがヤンキーがなんだか知らないけど所詮人間だ。魔獣なんかに比べたら屁、戦うだけ無駄でしかない。
「お兄さん達、今のうちに下がっといたほうがいいと思うよ」
向こうのガタイがやけに大きいせいか、だいぶ見上げながら言う。
これで引き下がってくれたらこっちとしても助かる。
このまま引き下がらないなら、ちょっと懲らしめるしか……
「うっせぇ、黙れ」
あーあ、言っちゃった。
あそこで引き下がれば喧嘩にはならずに済んだのに。やるしかないか。こっちも面倒くさいだよな······
だが、ヤンキーのうちの1人が発した言葉でオレの手は止まった。
「なにを偉そうなこと言ってんだよ、チビ」
「は?」
思わず声が出てしまう。
まあ確かに身長は168センチで低めだと思うけど、チビって程ではないだろう。
むしろお前達がデカすぎるんだよ。心も大きければよかった。
ヤンキーたちはこっちに迫ってくる。
--いや展開急すぎないか!?
オレは短剣を取り出すために急いで腰に手を回す。
だが、手に伝わるいつもの感触はどこにもない。そう、短剣なんてどこにもないのである。
閑静な山の中、虫の声が聞こえる。
地面に全部所持品を広げ、何を持っているのか確認する。
今持っているものは……何故か虫取り網、虫が入った虫取りカゴ、ハンカチ。
なんでこんなもの持ってるんだ?
それに、身が軽い。
あとなんか声が高い気がする。
一体どうなっているんだ?
チビという発言、所持品、失くした短剣、そして、山の中……。
謎は深まっていく。
考えるための時間が欲しいが、そんな暇はない。
ヤンキー達がどんどん迫ってきている……!
そして、3人の大きな体が月の光を遮ろうとした時--オレは気づいてしまった。
昨日、雨が降っていたのだろうか、水溜まりがあった。
3人の大きな影をくぐり抜け、その水溜まりを照らした月の光。
そこに映ったオレ。
半袖のTシャツを着ていて、半ズボンを履いている。
さらに上を見ていくと、短めの髪、大きな瞳に小さな顔。
その顔は幼さが残っている、ていうか、幼い。
完全にガキだ。
だが、それは知らない顔ではない。
『オレ』なのだ。
「あれぇ〜? 何か言ったっけ?」
イマイチ状況が理解できないが、こんな状態で戦ったら微塵もないことは分かる。上手く誤魔化さねば。
「あぁん? なんだよデカい叩いてきたクセに」
今、オレの頭上には3人の怖ーいお兄さん達がいる。しかもなかなかご立腹のようだ。
「あ、そうだ! なんでこんな所にいるの?」
必死に適当な話題で気を逸らす。
「カツアゲだよ。何か悪いか?」
ん? なんでオレ? ガキだぞ。
「こんなチビのオレがお金なんて持ってる訳ないじゃん」
「あ······」
おいおい今気づいたのかよ。
「誰だよ! このガキ襲おうって言ったやつ」
「アニキじゃないっスか!!」
「そうっすよ!!」
お、なんか内部分裂始まったよ。
一番背の高い人がボスだろう。その男を別の二人が詰め寄っている。
よし、今がチャンスだ。
こっそりと、どんどんオレは遠ざかる。
だが、そこで勝手に口が動いた。
「バカだねぇ〜お兄さん達」
「「「あぁん?」」」
やべぇ。悪い癖が出てしまった。
せっかく遠ざけた距離を、また3人はどんどん詰めて来あがった。
せっかく当たっていた月の光は、またすぐに隠されてしまう。
少し湿った土を踏む時のズキッという音が心臓に悪い。
なんとか誤魔化さねば。
「あ、あれ〜? ごめ〜んお兄さん達、さっきからオレのもう一つの人格が悪さしてたみたいなんだ〜」
よし、この調子だ。
「さっきやつも、もう一つの人格だからさ〜。本当のオレが謝っとくよ〜。ごめんなさ〜い」
完璧な言い訳だ。我ながら感動する。
だが······
「「「死ねッ!!」」」
三人は一斉に襲いかかってきた。
あれ? ネットではみんなを笑いに包み込んで、上手くいったはずなのに。
3つの拳が目の前に迫ってきている。
ヤバい。これ死ぬわ。
オレは反射的に目を瞑った。
もう目を開けることがないだろうと思いながら--!
しかし、痛みはなかった。
どういう事だ? 一体何が??
「悪行は許さない!」
その時、低くて太い声が耳の神経を伝わり、オレの脳に入ってきた時、その背中はもう既にオレの前に立っていた?
目を開けるとあった一つの大きな背中。
別に大きい訳でもない。頑丈な訳でもない。
なのに、すごくかっこよかった。
気づくと、三人の男は地面に倒れ込んでいる。
そして、オロオロと立ち上がり、一目散に逃げていった。
やっとまた見ることのできた月の光に照らされて、その男は立っていた。
体格はあまりがっしりしていない。服はボロボロだ。
でも、それなのに、目がキラキラした。
「あ……ありがとうございます······」
こんな感情、言葉に表すことができない。
その男は、オレの言葉を聞くなり、ニカッとオレに笑顔を見せこう言った。
「坊主、よくぞ逃げなかった! えらいぞ!」
男はオレの頭結構乱暴にを撫でる。
すごく痛いけど、とても嬉しいし、優しかった。
男は、木々の間に光る、少し欠けた満月を見ながら、オレをぽんぽんと叩いた。そして、口を開いた。
「これから、お前はたくさんの困難があるだろう。でも、逃げずに頑張ればきっと上手くいく。別に仲間に頼ってもいい。時には挫けてもいい。大切なものを守るために協力し、或いは戦う。その事が大事なんだ」
「······」
「たくましく生きろよ!」
男はそう言い、オレに右手の親指をピンと立て、歩き去っていった。
正直意味が分からなかった。ただ頭に残ったのは、男が放った言葉の文字列と、大きな感動だけだ。
何も言えなかった。口をぽかんと開けているだけだった。
こんな感情は初めてだ。なんと表せばいいんだろう。
真っ白になった頭の中に残った言葉を拾い集め、そしてこの状況を説明する。
そしてやっとの事で完成したその言葉、それは……
--オレは、あの男の人に、憧憬したんだ。
この一言だった。
男が立ち去ったあと、オレの足元には、何か光っているものが落ちていた。
拾ってみると、30センチくらいの細長い棒だった。
何か不思議なオーラを放っている。
何気に振ってみる。すると、ポンと小さな火の玉が出た。
その玉を見ているうちに、オレの脳内は違和感に侵食されていく。
「こんなこと、前にも――!」
その時、オレは気づいた。
--これは、小さい頃の『記憶』だ。
この時、オレは魔術と出会ったんだ。
そして、目が覚めた。