24話 よにんぐみ(2)
「それじゃあ、行こっか」
そんな明智の声と共にオレたちが最初に向かったのは、スターバックス国枝駅前店である。
まだ十時だからなのか、所々席が空いている。オレの想像している『店の外まで列ができているような陽キャのたまり場みたいなところ』というイメージとは少し違うようだ。ちなみに、オレはスターバックス初見である。
クーラーの効いた、少しコーヒーの匂いがする店内で、オレたちは立て看板に貼られたメニューを見る。
「なんかいろいろあるな……」
思わず声が漏れてしまう。コーヒーだけでもえげつない程の種類である。そして少しお高い。
一体何を頼んだら良いのだろうか。これを頼むのはタブーだとか、とりあえずこれは頼まないと、とかそういうのは全く知らない。まずコーヒーなんてあんまり考えて飲んだことがない。オレは今、少し言語が違う異国へ来ているのだろうか。
そして悲惨にも、レジの順番はオレたちの所まで来てしまった。
オレ以外の3人は既にメニューが決まっているようで、まるで外国語の通訳者のように、聞いたことのない単語をペラペラ喋って注文をしている。
「シゲ盛くんはどれがいいの〜?」
くそぅ、明智がオレを急かしてきている。ここでみんなに迷惑をかける訳にはいかない。迷いに迷ったスタバの注文。もうタブーなんてどうでもいい。今はなんでもいいから注文することが大事だ。それなら、これしかない。
「じゃあオレは――」
「ジンくんもコーヒー飲めないの〜?」
「いや、今はこれの気分かなーって」
アップルジュースを頼んだ妃夏が、オレの頼んだオレンジジュースを不思議そうにまじまじ見ている。どうやら妃夏はコーヒーが飲めないようだ。
先に四人席に座っている凛島と明智が頼んだのはスタンダードのアイスコーヒー。二人ともミルクと砂糖を入れてスティックでぐるぐるかき混ぜている。
四人席の配置はどうかるか、と少し気にしていたのだが、それも差し障りなく決まった。ていうか自然に決まっていた。オレ、凛島の向かいに妃夏、明智。オレの向かいは明智で、対角線上に妃夏がいるといった配置である。
特に乾杯などはしないらしい。3人はスマホを取り出してパシャパシャ写真を撮っている。凛島のスマホを覗いてみると、リア充必須ツールのひとつ、インスタグラムに写真を投稿しているようだ。
“インスタ映え”という言葉が世間に染み付いているように、インスタグラムは今やリア充達の生活のひとつになっているのだろう。
「これ映えるかな〜?」
「こっちの角度の方が映えそうだよね」
妃夏と明智もそんな会話をしているあたり、2人もインスタグラムを開いているのだろう。
3人が一生懸命にスマホをポチポチしている間、オレだけ何もしていないのもおかしいので、とりあえずスマホを開いてLINEニュースを見る。そして少し背筋が凍る。
――まじか、あの倉庫の爆発のやつ、割とデカいニュースになってるじゃねぇか……!
ま、まあ、オレたちがそれでどうこうなるというわけではないだろう。もし疑われたとしても、それは正当防衛ということで大丈夫だろう。うん、ぼくそんなのしらない。
そんなことより、オレはSNSというものはLINEしか持っていない。TwitterもやらないしFacebookもやらない。もちろんインスタグラムもそうだ。
なぜなら、持つ必要がなかったからだ。自分の感情を世間にさらけ出しても特に意味がないし、日本2位のゲーマーだとしても他のゲーマーさんとも関係は持たない。所詮コミュニケーションなどゲームチャットでの『GG』だけで十分だ。
でもまあオレの予想だと、明智のことだから後々インスタグラムはインストールすることになるだろう。まあ特に断る理由もないし、それなら今のうちにスタバのWiFiでインストールしておこう。ポチッ!
そんなことをしているうちに、3人もインスタグラムへの投稿も終わったようで、それぞれのタイミングで飲み物を飲み始めている。
「サチっていつも髪型キマってるよね。 どこの美容院行ってるの〜?」
「俺は父さんに切ってもらってる」
「意外だね〜お高いところに行ってるのかと思ったよ!」
「別に髪型にお金は関係ないよ。だろ? 瞳」
「それ私に聞くー? 私はお兄ちゃんに髪切ってもらってるよ」
「え〜! 意外だね〜」
「めぐっちはどこで切ってもらってるのー?」
「わたしは駅前の美容院だよ〜」
3人のトークは差し支えなく進んでいる。なんか3人の会話なら、「〇〇高校の〇〇ちゃんがさ〜!」とかそういう話をするものだと想像してたオレにとって、案外会話は日常的に感じる。もちろん、3人とも口角が自然と上がっていて、とても楽しそうに話しているように見える。
ちなみに明智は一人暮らしではなく、兄と2人で暮らしている。理由は分からないが、以前にそう言っていたのは覚えている。理由が分からない理由は、まず明智の兄の顔すらも見たことがないからである。理由理由うっせぇな。
でも、明智 瞳の兄なんだから、相当なイケメンだろう。モデルにも呼ばれてたり――
「――ジンくんはどうする〜?」
しまった! 明智の兄のことを考えていたせいで話を全く聞いていなかった。やばい、このままでは雰囲気を壊してしまう。よし、ここは1週間明智と練習したアドリブ術で……
「すまん、オレンジジュースが美味すぎて話が頭に入ってこなかった!!」
1週間練習した、できるだけ全力の笑顔で場を和ませる。さあ、どうだ!
「ははは! なんだそりゃ!」
「わたしもオレンジジュースにすればよかったかな〜!」
よし、成功! 凛島も妃夏も笑ってくれた。明智は少し渋った顔をしているけど、まあ妥協! 最悪の事態は免れた。
「それで、なんの話をしてたんだ?」
「えーっとね。世界の終わりに何をするかって話!」
どうしてこうなった……? こりゃ適当に答えても当たらねぇよ。しっかりと聞き直しておいて本当によかった。
「オレは……地球の真ん中で愛を叫ぶかな!」
「お、おう。情熱的だな……」
あれ? みんなの反応が微妙だ。ネタのつもりだったんだけど……。うん、やはり調子に乗りすぎるのは良くないな。
「それにしても、シゲ盛くんって最近明るくなってきたよねー!」
「そうだよね〜! ジンくん話しやすくなったよね〜」
よし、ナイス明智! オレがミスしたところをしっかり埋めてくれるあたり流石リア充の中のリア充だ。
「なんていうか、顔が明るくなったというか……お前髪切るとこ変えたのか?」
「おう、ちょんへいって所に変えたんだ」
やべ、噛んでしまった……! ここは噛んだらアカンやつやん! 正しくはSchönheitssalonというドイツ語で『美容室』という名の店である。
「それにしても随分バッサリいったな……」
凛島はオレの髪型を見て少し驚いているようだ。
「でも……」
凛島は話を続ける。
「――それで、よかったんじゃねぇのかな」
そしてオレに微笑んだ。
まさにその通りだ。美容院の高額の金額、そして1週間の苦労。オレにはあまり変化が分からないけれど、周りから見て少しずつ変わってきているのかもしれない。
「それじゃあ次のところ行こう!」
そして、元気いっぱいの明智の合図とともに、オレたちは立ち上がった。もしかしたら、明智も師匠として、やりがいをおぼえているのかもしれない。
クーラーのかかった店内から、ガンガン照りの外へ出たら、あっという間に汗が吹き出てくる。
だが、それでいい。去年の今頃は恐らくこんな状況予想もしなかっただろう。まさか来年の自分が友達と屋外にいるなんて。
暑いのは嫌いだ。でも、クーラーの効いた部屋でくつろぐよりも、友達と屋外で汗を流す方がよっぽど楽しい。
よし、この調子で満喫するぞー!
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