19話 出陣! 学校新生活(後編)
結局不定期になってしまった。
【前回のあらすじ】
シゲ盛の地位向上のために立ち上がった明智とシゲ盛、そのために明智が提案した“スクールミッション”
それをシゲ盛はどんどん進めていく。
そんな中の昼の時間、シゲ盛は明智に呼び出されて校舎裏へ。そこでシゲ盛と明智は、午前の結果を振り返る。
そしてそのまま2人で昼を食べることになり--
ここは国枝高校屋上。手すりで囲まれた広さ10メートル平方の空間、ドアの上には大きな避雷針、そして町内が見渡せる位置にトタンのベンチと吸い殻入れがある。
学園系のドラマ、ラノベやアニメのように現実は甘くなく、屋上でヒャッハーなんてできない。実はこの学校は原則屋上立ち入り禁止だ。だが、それは教師達が生徒に気づかれないようにタバコを吸う為の都合である。実際、こうしてガラ入れもあるし、屋上には鍵がかかっていないため、いつでも出入りだってできるし、何より、校則には屋上に関しては何も書いていない。なので、少し賢くてワルな生徒は、よくここで昼などを食べるらしい。行きの階段で明智から聞いた話である。
今日は昼間までずっと日光がさしていたので尻が暑い。右に弁当を開けているオレ、左には、膝の上に弁当を置いて、割り箸を丁寧に割っている校内生粋、校内トップレベルの美少女がいる。
さすがに校舎裏での昼食だと不潔すぎるので、ここに移動してきた限りである。
「さあ、食べましょう」
そんな明智の声のあと、それぞれがいただきますをした。
左半分を白飯が占め、右上をタコさんウインナー、唐揚げ、右中央をひじきの煮物、菜の花のおひたし、右下をししゃも、鮭の塩焼きが占めるのが今日のオレの弁当。昨日スーパーに行ったので食材は余るほどあった。
そして、今回のメニューはしっかりとバランスをとった。久しぶりの弁当だから腕を奮ったのも事実だが、不登校時はほぼ何も食べていなかったので、その分を補うためである。
一方、明智も三色しっかり揃ったメニュー。だが、白飯に金箔がかかっているのが気になってしょうがない。今、明智が美味しそうに頬張っているエビフライも恐らく伊勢海老だろう。
ある程度メシが進んだところで、静かな食事の時間を終わらせたのはオレだった。
「そうだ……今日オキ休……ったけど……何かったのか」
「しっかり飲み込んでから話しなさいよ」
さすが明智、お上品に召し上がってらっしゃる。一方オレは、鮭の小骨がノドに詰まってしまった。
「よし、いいぞ」
どうにか小骨を茶で流し込んで、一命を取り留めた。目には涙が浮かんでいる。
「うーん」
明智はオレを少し心配するような表情で見つめていたが、やがて話を始めた。
「オキは過労で休みらしいわ。ついでにジジイはギックリ腰。二人とも、私たちがいなかった時の魔獣退治がしんどかったみたい」
一応、オレたちも死に際の戦いをしていたのだが。
まあ、疲れは溜まりきった時に体にくるもんだ。なるほど、日曜日の魔獣退治でトドメという訳だ。
「またオキに謝っておいた方がいいんじゃない」
「そうだな」
もぐもぐ、ちょっと白飯多すぎたかな……あー、梅干し買ってたんだ……まあ、米の硬さはちょうど良かったからチャラにするか――
「――さあ、校舎裏の続きをするわよ。早く飲み込みなさい」
「ん……! っ……!――お前、いきなりすぎるぞ!」
「だってもう時間があと少しじゃない!」
左腕の時計を見ると、校舎裏の時から長針が約45度動いていた。教室に戻る時間を考えると、あと10分くらいだろうか。
「でも……! ノドにメシが……!」
「だから何だっていうの?」
「……分かったよ……ちょっと待て」
これ以上対抗しても、やがて両目に箸をブッ込まれるだけだ。ほんの少しだけでも心配してくれたっていいのに……
オレは残りの白飯を無理やり口に入れ込んで、一気に茶で胃に流し込んだ。少しノドがヒリヒリする中、オレは手早く弁当箱を片付けた。
はあ……もうちょっと冷酷じゃない明智も見てみたいものだ。
だが、フラグというものか、いや、それとも運命? 奇跡が起きた。
「……んで、続きとは何だ?――ていうか、なんだその表情は?」
弁当箱を片付け終えたオレが明智の方に振り向くと、明智はやけに可愛げな、ツンとした表情でオレを見つめていたのだ。さっきと比べると、まるで人が変わったような、いきなりだった。
「その前に、シゲ盛……昨日の……やってくれない?」
「昨日の?……あぁ、あれか。別に大丈夫だけど」
“昨日の”とは恐らく、昨日の朝に、オレが明智にしたお嬢様結びだ。ていうか、明智がオレに青いリボンを突き出しているので正解だ。てか、なんでいきなり?
いゃぁ、でもねぇ……この明智の恥ずかしそうな表情って反則じゃないですかねぇ……
「なにジロジロ見てるの……? 気持ち悪いわよ」
あれ? これって……
「……気に入ったのか? あの髪型」
「そ、そんなわけないじゃん! ばか! つ、通気性がいいだけっ!」
むしろナチュラルの方が涼しいのでは……? うん、やっぱり……
「か、勘違いしないでよねっ!」
来たァァァッ! テンプレぇーい! まさに王道にして頂点。やっぱり、ずっと前から薄々思っていたけれど……
「お前ってもしかして……ツンデ――」
「――これ以上言ったら殺す」
「すんません。調子乗りました」
……うん、やっぱりなんでもない!
やっぱり明智は明智だ。いつまで経ってもあのブルーな、氷点下の、怖い視線には勝てない。
でも、あの髪型を気に入ってくれたのは単純に嬉しい。
ストレートに言ってくれてもよかったのに。
まあそこは明智の不器用さだろうか。素直になれなくて、あんなツンデレみたいな態度になってしまうのを、オレはちゃんと分かっている。
そこが明智の冷酷じゃない部分だろう。まあ、明智の弱点を見ることができて、少しホッとしたように想えるのは事実だ。
「それじゃあ後ろ向いてくれ。動くとやりにくいからそのままにしとけよ」
「それくらい分かってるわよ」
オレは、明智の黒髪を手に取り、そして手際よく髪を結ぶ。まるで絹のような手ざわりだ。でも、実際に絹を触ったことがないのだが、恐らくこの髪みたいな感じだろう。
まるで滴り落ちる水を掴むように手から溢れ出し、太陽の光を受けて黒真珠のように輝く。髪が揺れると、そこから出る高貴な花の香りがオレを包み込む。
これが役得というものだ。
――って、ん?
オレはそんな髪に違和感を覚えた。
川のように一方向に流れている髪のはずが、1部だけ別方向に分かれている。
「――なぁ明智」
「どうしたのかしら?」
オレはその逆流を、本来流れる方向にもどしてあげる。
だがそれは、バネのようにビヨンと跳ね、そして再び別の方向を向いた。
うん。これは確定だ。
「……お前、寝癖あるよな」
オレがそう言った直後、明智の背中が僅かに鋭く動いた。
「なんのことかしら?」
少し語調が違うのも違和感がある。
「お前……寝癖を隠すためにオレにこの髪型を頼んだんだろ!」
「ななな、なんの事かしら!? 私は……その……通気性が――」
髪を触ってても分かるくらいブルブル震えている明智。動揺が面白いほどに目に見える。でも、寝癖だけでこんなに焦るものなのか?
「お前、なんかおかしいぞ」
「なにいってるの!? バカ? バカなの!? バカなのね!」
寝癖を疑うだけでバカ呼ばわりされるオレって一体……
「とぼけるなッ! だってこの髪……が――!」
その時オレは固まってしまった。
だって……なぜなら――
「うぅ……せっかく今まで隠してきたのに……」
その髪が他の髪から明らかに独立していたアホ毛。しかも、それがアニメのように、ぴょこっと動いていたためである。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――」
恐らく学校のチャイムよりは長く叫んでいた。
つまり、それは明智と知り合って約10年も経ったのに知らなかったこと。約10年経って初めて知ったこと。
明智には、アホ毛が生えていたのだ。
「笑えばいいじゃない……! こんな高貴な、人一倍身だしなみを気にしているお嬢様なのに、こんなアホ毛が生えているって……」
明智セカンド(アホ毛)は、オレのことをバシバシと攻撃してくる。サラサラなので全然痛くない。
とりあえず乾咳を1回して、気分を落ち着ける。
「まあ確かに、このことには結構驚いた。だが……」
その時、オレは新たなる何かに目覚めた。
「それで、なんなのよ!?」
「こんな冷酷で完璧主義のお嬢様にアホ毛だと……? なんだこの感覚は!? これこそ新たなる境地! そう、究極のギャップ萌え!! 氷点下のお嬢様とアホ毛、この二対が今混ざり合っている。そう、この落差こそが萌え、そう、萌えの真髄なのだッ!!」
明智はオレからサッと離れ、そしてオレと向かい合った。荒呼吸の明智に合わせて、アホ毛もツンツンと動いている。
もうコイツも縛られていた楔が取れ、吹っ切れたようで……
「気持ち悪い! 変態! クズ!」
「なぁぁんだとぉぉ!? お前だってアホ毛を隠すためにオレを騙しあがって! ちょっと期待させあがって!」
もうメモ帳の内容の実践などではない。
「そんなの知ったこっちゃないわよ! だいたいね、そこで変に興奮したあなたが悪いんでしょ!!」
もう冷静などではない。
「はぁ!? なんだよ! このエセツンデレ野郎が!!」
「うるさい! この性癖キモオタが!!」
その火はなかなか収まらなかった……と思いきや――
「――ほら、できたぞ」
「……うん、本当にありがとう」
なんと、3分後にこの始末である。
実は、その後どんどんほとぼりが冷めていき、「……ま、まあ、この髪型が気に入ったっていうのは事実……だけどね……!」という一言で場は収集した。
結局、明智はツンデレなのかもしれない。まあ、アホ毛のこと含め、明智の隠していることはまだあるかもしれない。さりげなく観察しておこう。
それにしても、このアホ毛を残したお嬢様ヘアというのはなんと素晴らしいことだろうか。
そんな明智は手鏡で、自分の髪型を色んな方向から見ている。一部の突っ張った所を引っ張ってはいるが、どうやらこれが気に入ったようで、これからもこの髪型でいてくれるそうだ。まあ、手馴れたもんだしこんなのちょちょいのちょいだ。
ロングの明智もいいのだが、自分で言うのもなんだけど、こっちにすると上品さが増しているように思える。前も言ったけど。また、大きなリボンのおかげで、そんなお上品の中に少しの子供っぽさを加えられる。アホ毛に加えて、小さなギャップ萌えというものを出しているような気もする。まあ素材が十分では足りないほどほど良すぎるのだが。
とにかく、明智の冷静じゃない部分も見られたってことかな……?
そんな改まった明智、そしてオレは、会議の続きをはじめた。
「もうあんまり時間がないから手短に。ぶっちゃけると、ミッションの追加よ」
「つぅいぃかぁだぁとぉぉ〜!?」
実は、凛島の行動をメモするだけでも割としんどかったのだ。とにかく手が痛い。
それに加えて新しいミッションをやるというのは、あまりにも過酷だ。鬼教官明智というものだろうか。
「でも、ちょっと無理があるんじゃないか?」
「まあ、とりあえず先に内容を聞いてから判断しなさい。でも、今回のミッションは割と軽め。私も修羅ではないわ」
最初のミッションの時点で十分に修羅ってるんだが、まあそこは置いておこう。明智が早くものを言いたそうだ。
「追加のミッション、それは……女子よ!!」
そう言って突然立ち上がり、ビシッとオレのことを指さした明智。
今日は雲一つない快晴。太陽はちょうど明智の頭上。だが、そんな明智の長い指の先にあるオレの顔は、明智とは対照的にスッキリしない。
「――なぜそうなる……?」
「これも大事なの。カーストを築き上げる中で、女子との接触は回避不可能なの」
だから、女子の評価もどんどん上げていかなければならないという寸法らしい。
「だが、オレの女子の人脈は壊滅級だ。そこはどうしてくれるんだ?」
「そこは私に任せなさい。うーん、まずは……みるとめぐかしら」
政田の家で、1度面識がある浅間。そして、何かとお世話になっている妃夏。この2人からまず攻略していくのは文句はないだろう。しかし、疑問が生じてくる。
「妃夏は達成済みでいいんじゃないのか?」
そんなオレの質問に、明智は大きく首を振った。
「ダメに決まってるじゃない。あなた、あの子のLINEも持ってないでしょ」
「LINEを持ってるからとかそういうのは――」
「――好きな時に連絡も取れない友達なんているのかしら?」
その言葉に反論する言葉が見つからなかった。ド正論である。どうやら、友達と仲良くなる上で、その人の連絡先、まあLINEなどは必要不可欠、ていうか前提条件以前の常識、人間で言うヨチヨチ歩きのようなものらしい。
「まあ、あの子はものすごく優しいから、苦労はしないかもね」
「そうだよな。アイツは特別だよな」
オレは、今まで見てきた色々な妃夏を思い出した。
消しゴムを失くした人に新品の消しゴムをあげたり、落ち込んでいる人を楽しい話で慰めようともしていた。
「あの子は、あなたを虐めるということが考えられなかったらしいわ。だから、あんな大波にも逆らえたのね」
そう、何より凄いのは、オレへのイジメの波に逆らったことである。高校になって、入学当初からオレへのイメージはドン底だった。オレと話をする人すらも嫌われてしまうとの噂まであった。それなのに、そんな噂の中でオレに話しかけてきた。偽善者ではそんなことはできない。
「まあ、みるも大事よ。あの子も私たちと一緒にいるから、まあ二人きりになって、話題が尽きないくらいにはなってほしいわね」
「……そうだな」
政田の家で、お通夜みたいな空気になっていたのは黙っておこう。
「まあ、まだまだたくさん仲良くなって欲しい人はいるんだけど、そこはのちのちね。――じゃあ、ポイントを1つだけ教えるわ」
「オッスお願いしまーす!」
「それは……目線よ。ていうか、話す時に目が合わないとか論外。女子と話す時なんて尚更よ。最低、あなたはできてないから、まずはここからっていう寸法よ」
すると明智は、オレのことをじーっと見てきた。なんか照れて上手く目を合わせられない。
「――いきなりどうした?」
「しっかりと目を見て話すの。ほら、じーっと見て」
そう言って明智は、オレのことをさらにズームインしてくる。
さすがにここまでくると照れを超越し、違和感しかない。
明智の双眸はまるで夜の湖のよう、深い蒼色だ。そんな水面にはオレのダークアイがしっかりと映っている。
「さすがにここまでは……」
「いや、それくらいしないと――!」
だが突然、その目線は急にオレから離れた。直前に目の前にあったその蒼い双眸は、とても震えている。
「どうしたんだ? なんかびっくりしたみたいだけど」
「大丈夫! 用事を思い出したから先に帰っといて」
だが、次にオレの目に映ったのは、いつも通りの明智だった。
「そうか。早く帰ってこいよ」
そう言って1回手を振り、オレは階段のドアを開けた。キーっという不気味な金属音が、一瞬オレの不安を駆り立てた。
――どうしたのだろうか。気のせいだといいんだが。
そんな感情を残したまま、ドアはゆっくりと閉まった。
☆☆☆
1人残された屋上、明智はまだ驚いたままだった。
「天性眼……? いや、でも……」
あの時、2人で眼を見合っていた時、その時だ。一瞬だが、シゲ盛の眼に違和感を感じた。
シゲ盛の眼は“天性眼”だというのは知っている。実際、現時点で判明している効果や能力なども分かっている。
でも、あの違和感が天性眼なら、いつものはず。シゲ盛は前に、いつも能力が発動している、と言っていた。
――じゃああれは何? 天性眼じゃないとすれば……
一瞬だが、しっかりと記憶に残っている。
白目と黒目という基本配色ではあった。だが、その黒目の奥に、何かがあった。それは、今まで人生で見たことがなかったもの。強烈な違和感以上の驚きと、少しの恐怖があった。一言でまとめるとすると、そう、あれは……
「……人間の眼ではなかった」
読んで頂きありがとうございます。
次回 シゲ盛、リンゴの恨み!?




