15話 隠し球
次からは毎週投稿します。
日が暮れてからかなりの時間が経ったコンテナ港、鬱蒼とした雰囲気の中、ただピンと立っただけの時計台。その短針が『10』をさした時、何処からか聞こえる男達の声の勢いが一層増した。
明智の合図とともに、シゲ盛と明智は反対の方向へ走り出した。
シゲ盛は腰から短剣を取り出して、刃の部分を持った。
そして、迫り来る男達の前で足を止めた。
そこで一つ深呼吸。男達の無数の拳が目の前まで迫っているが、シゲ盛はそれを下にかわす。
そして一瞬の隙をついて、パンチの余韻でうろたえる男達の横に回り込む。
そのまま短剣の柄の部分で、男の首を鋭くチョップ。男達はどんどん倒れていった。
自分の背丈より頭一つ抜けているほどの高さの男達を殲滅するその姿、まるで戦場の悪魔のよう。
対して、明智は隙をうかがう。
体の全神経を両目に集中させ、何層にも重なる男達の隙間を探す。
きっとあるはずだ。怪力男への一本道が。
そう自分に言い聞かせ、外部の雑音をシャットアウトする。
あった
それは、自分から見て11時の方向にあった。
その隙間、一層目の男が右へ傾いており、2層目の男が左へ傾いている。そして、3層目の男は───右へ傾いている。
このままいけば、一瞬だけ僅かな隙間ができる。
恐らく、そこしかない。
男達の体勢を見るとそれは約2.5秒後。そこで素早く切りこむ。
意識だけをそこへ集中し、身体は別の方向へむける。相手に行動を悟られたら終了だ。
0.1秒も間違えられない。失敗は絶対に許されない。
背後で戦っているシゲ盛はどんな状況なのだろう。
明智は少し温まった手をギュッと握る。
ダメだ、今はそんなことを考えている暇はない。
そう心の中で葛藤しているうちに、約2.0秒が経過した。
あと0.5秒。明智は覚悟を決めた。
「······私は何だってできるんだから……!」
そう小さく呟いて、明智は身体を素早く逆方向へ動かした。
そして、時は来た。タイミングはバッチリ、あとは一直線の道を駆けるだけ。
もとより、明智は出来るかが心配なだけで、出来ないなどとは全く思っていなかった。
なぜなら、明智は誰よりも大一番というものを経験しているからである。
男達は突然の行動に少し怯んでいる。隙間はハッキリと浮き出していた。
明智はその隙間に滑り込む。男達の拳は頭の上を通過していく。
あとは突っ切るだけ─────できた。
明智の背後には3層に重なった男達。こうして、見事に怪力男に辿り着いたのだ。
あとはもう敵一人。
明智に襲いかかる背後の男達を、その怪力男は制した。
「お前らはひっこんでろ、俺一人で殺る」
その声はどことなく自信があり、よく響いたけれど、明智にはとても有難かった。
────ここまで私にケンカを売られて……絶対に後悔させてあげるんだから!
邪魔な男達をどこかへやってくれたのも有難かったが、明智のボルテージを最高潮に上げてくれたのが一番有難い。
そんな心中とは裏腹に、明智は男の所へゆっくりと歩き出した。
トン、トンという音が少し響いては消える。
そして、少しすると、その音が途絶えた。
明智は男の前で停止した。
間は僅か30センチ。2人は睨み合っている。
その中で、明智はある言葉を思い出した。
「お前、なんか隠し球があるだろ?」
それは、自分の逆方向へ駆け出すシゲ盛に去り際に言われた言葉。
まさにその通り。彼は知っていたのだ。
明智が密かにあることを練習していたこと、それを敢えて誰にも教えなかったこと。
────アンタが知ってるなら、もう隠し球って言えないじゃない……!
そう心の中でツッコミを入れながら、明智は身体を後ろへ傾けた。
それは自然に、まるで気を失って倒れたように。
力が入っていた男の手はその瞬間、力が抜けた。
そして、男の呻きが聞こえた。
☆☆☆
半数以上の男を倒し終えたシゲ盛は、横目で明智を見るほどの余裕ができていた。
明智と男は睨み合っている。どちらが先に仕掛けるのだろうか。
オレの手は、もはや自動で動いている。まるで芝刈り機のように男をどんどん刈っていく。
その時、明智の体が徐々に後ろへ傾いていることが分かった。
もしかして、“隠し球“······?
そう思った瞬間だった。
男の体が宙に浮いていた。
後ろへ傾いた明智は、両手を地面に突き体を支え、両足を跳ねあげた。まさに不意打ち。その足が男の顎にヒットしたのだ。
オーバーヘッド、いや、カポエイラ……?
これが、“隠し球“……?
凄すぎるよ明智さん!!
男の顎を蹴りあげた後、明智は少し宙に舞い、そして体操選手のように見事に着地をした。
男の顎を蹴りあげた時の明智。
凄かった、また、少しアレだった。
シャツがめくれた所からいいものが見え······そうだったが、男の拳がオレの視界を見事に遮った。
もちろんソイツには首チョップ+キンテキも入れてやった。
まあ、明智も頑張っていることだし、オレもあと残り半分。
さっさと終わらせて高みの見物といこうじゃないか。
☆☆☆
男を蹴りあげ、少し余韻に浸っている明智の強ばった顔が、少し緩んだ。
格闘映画を見て少し練習した武道。まさかこんなに使えるようになってたなんて······
男を蹴りあげた時のあのワクワク、驚きに満ちた男の顔。
少しスースーしたような気がするけど、思い出すだけで胸が高鳴る。
だが、明智は顔に出さない。
なぜなら、目の前の男は普通の人間ではないからだ。
「……なかなかやってくれるじゃねえか······!」
男は鉄パイプを持ち、ゆっくりと立ち上がった。
その顔は少し赤く、青筋が見える。
どうやら本気のようだ。
明智はゆっくりとステップを踏む。
視線は男を逃さない。一瞬の抜け目が死に繋がる。油断できない。明智も本気だ。
ステッキは使えない、相手は強固な鉄パイプ。形勢としてはだいぶ不利。でも、あの調子なら、あの手応えがあるなら。
きっと、なんとかなる。
そして、2回戦が始まった。
暗闇の中、青い瞳と灰色の瞳だけが異彩な輝きを放っていた。
明智と男は互いに隙を伺っている。
聴覚と視覚だけに全神経を注ぎ込み、少しの変化も見逃さない。2人の目には、お互いの姿、耳には、カタンという靴の音。今はそれしか脳に情報が入っていないのである。
そんな中、先頭を切ったのは男だった。
明智の足が地面に着く、離れる。また着き、また離れる。またまた着き、またまた離れた────その瞬間、男の右腕は一直線に伸び、鉄パイプが明智に迫っていた。
明智はそれを右にかわす。
するとまた今度は、もう一本の鉄パイプが明智に迫っていた。明智は大きく跳ね上がり、男の顔をめがけて脚を伸ばす。
当た───らなかった。間一髪のところで男は蹴りをかわす。
そして、着地の反動でよろめいた明智めがけて鉄パイプを投げた。
だが、明智は地面を転がり、素早く避ける。
そして、素早く立ち上がり、鉄パイプを拾おうとしていた男の背後に回り込む。
男はまだ反応出来ていない。
「今しかない───!」
そんな千載一遇のチャンスを逃すまいと、明智は男めがけて飛び蹴りをする。
男はまだこちらを向けていない。これは決まったか!?───しかし、男が即座に明智の方へ振り返った。そして、その遠心力を利用し、明智に鉄パイプを振りつける。
そう、男は反応した上で、読んでいたのだ。明智のスピードを。そして、明智がこちらに迫るギリギリを狙い、反撃したのだ。
突如振り向いた男に、襲いかかる鉄パイプ。距離はほぼゼロ。防御もできない。
男の大きく振った鉄パイプは、明智の腹部に、ズシリと直撃した。
明智は向こう側の壁まで飛ばされる。そして、壁に激しく叩きつけられた。
砂埃が立ち昇る中、男は追い打ちを仕掛ける。
まるで短剣を使うかのように、鉄パイプを縦横無尽に振り回す。
音を立てて明智に襲いかかる鉄パイプ。周りに生じた風で、砂埃がなくなっていく。
だが、砂埃が晴れて、ようやく明智の姿が見えようとした時、明智の姿はそこにはなかった。
男は必死に当たりを見渡す。
短い髪が激しく揺れ、周りに汗が飛び散る。
だが、明智の姿はどこにも見当たらない。
男の目線は、気絶した男達が積み重なった山の、一番頂上にいる陣田 シゲ盛に向く。
男の乾いた声が倉庫中に響く。
「どこだ、あの女はどこにいるんだ!」
シゲ盛は笑顔で男の近くを指さす。
「灯台下暗し、って知ってるか? 近くにあるものほど分かりにくいもの、ってことだ。つまり、下を見ろ」
男は咄嗟に下を向く。だが、もうそれは遅かった。
「でももう遅い────わーお、怖い怖い」
シゲ盛のそんな助言もむなしく、気づいた頃には男は上に跳ね上がっていた。
男は地面に叩きつけられる。
汗で汚れたTシャツには、くっきりと靴の跡が残っている。
男は、鉄パイプを杖がわりにゆっくりと立ちあがる。
ハアハアという男の息切れた呼吸が、この戦いの熾烈さを物語る。
そんな男の視線の少し先には、男と同じように呼吸を荒くしながら腹部を抑える明智。
表情を見る限り、かなり苦しそうだ。
男は再び、陣田 シゲ盛の方を向く。
その男の視界には、気絶した男のリーゼントを、火の玉で軽く焼いているシゲ盛の姿があった。
─────くそぉ、ナメあがって! こうなったら······
男の眉間にシワが寄る。それと同時に、男はあちらこちらにある鉄パイプを拾い始めた。
一方、腹を抑えながら息を切らしている明智は、それを見守ることしか出来ない。
瞬く間に、目の前の鉄パイプがどんどん増えていく。
気づいた頃には、もう鉄パイプは1ダース集まっていた。
明智は上を見る。
そこには、古いトタンの屋根がある。風に揺られてガタンガタンと音を立てている。
そんな明智の頭の中は、やがてひとつの結論に辿り着く。
────もしかして······!
明智は大急ぎで辺りを見渡す。
その時、隣にある冷蔵庫に手が触れた。だいぶ前に男が投げてきたものだ。
明智は、残り僅かな与力を使い、体を動かす。
これなら······いや、これしかない、と。
そのまた一方、鉄パイプを10ダース拾い終わった男の体力は限界に近づいていた。
さっき上を見た時に思いついた、禁断の一手。
男はその全ての鉄パイプを抱え上げた。
明智は男をじっと見ている。恐らく、反撃の余地がないのだろう、この技は耐えられるまい。
そんなことを考えながら、鉄パイプを頭の上まで持ち上げた。
そして、上めがけて思い切り鉄パイプを投げたのである。
鉄パイプたちは、大きな放物線を描き、天井に直撃する。
だが、その時だった。
偶然、いや、予想されていたのだろうか、明智の真上のトタンの屋根が大きな音を立てて崩れ始めたのである。
そう、あの時男は見抜いていたのだ。
明智の真上の天井はボロがきていたこと。
そして、崩れそうなのはそこだけであったということ。
陣田 シゲ盛は天井の異変に気づく。
「それはやばい────!」
だが、手を伸ばした時はもう遅かった。
天井は大きな音を立てて明智のもとへ落ちていったのである。
シゲ盛の手の力が抜ける。杖が落ちる。
そこからは小さな火の玉がことも無く出て、そしてすぐに消えてなくなった。まるでそれは、自分の無力さを証明するかのように。
崩れゆく天井を見ながら、男は肩の力を抜いた。
これであの子は死んだ。あとは、あのザコそうな男を殺ればおしまい。ハッピーエンドだ。
まあ、せめて死体だけは眺めておいてやろう。
男の鼻の先には、一面の砂埃。
上を見るとそこからは夜空が見えた。
コオロギの鳴き声が聞こえる。
その時、静かに夜風が吹いた。
だが、それと同時に男の口は空いたまま塞がらなくなってしまった。
そう、男は見てしまったのだ。
視線の先にあるものを。
それは、本来は死んでいるはずのもの。いや、予定だったもの。
「なんで……なんでまだ······生きているんだ───!? バケモンだ······こんなの、勝てねぇ……!!」
砂埃の中、瓦礫の山の上で、で腹を抑えながらも、凛々しく立ち続けている明智 瞳、その姿を男は見たのだ。
秒を追うごとに、男の震えは激しくなっていった。小刻みな震えを始めたと思いきや、あっという間に全身、そして、自分の怪力でさえ制御できないほどに。
男の双眸が揺れる。
そして、震えが頂点に達した時、男は声を上げて明智のいた方角に、鉄パイプを放った。
だが、その鉄パイプは誰にも当たらず、無残にも地面を傷つけることしかできなかった。
カランカランという音が響く中、男の焦りはどんどん増していった。
「どこだ······!? どこだぁぁぁッ!!」
男の首が激しく振られる。だが、右左どこを確認しても明智の姿はどこにもない。
そして、その視線は自然と1人のある少年に向いていた。
スカスカにカスれ、震えた声は、汗まみれの男の声だ。
「どこだ!? 教えろぉッ!」
その声が聞こえるなり、その少年の口角が上がる。そして、少年はピンと親指を立てた。
そして、その親指がゆっくりと下に向くと同時に、男の視線もつられて下にいく。
だが、そこには誰もいなかった。
「安心しろ、嘘だって」
「それはどういう······!」
だが、今の男にもう一つの意味が分かるはずもない。男は必死に喉を叩く。だが、声はもう出なくなっていた。
その時、男は気づく。自分の体の異常な震えに。自分の思う以上に、恐怖心を覚えていたこと。そのせいで、声が出なくなってしまったこと。
逆にいうと、その事しか気づいていなかった。
「灯台下暗し、言っただろ」
そんな少年の声が、男の鼓膜を揺らした時はもう遅かった。
男の視界に一瞬入った、高速でこちらに迫り来る人影。
だが、その視線は一秒後には天井を向いていた。そして、暗闇が立ち込めた。男は意識を失った。
明智の固い右拳は男の顎に直撃する。
その右腕が完全に伸びきった時、男は宙を舞っていた。
それは、明智の強烈なアッパーが決まった瞬間だった。
☆☆☆
バタンという音が響いた後、倉庫は静寂に包まれた。
トタンの屋根に空いた大きな穴から、東から昇りつつある太陽が見える。
およそ12時間の決闘が終わったのである。
オレは何段にも積み重なった男達の山から飛び降りる。
そして、大の字になって休憩している明智のもとへ駆け寄った。苦しそうに息を荒らげており、周りは汗でびっしょり濡れている。
「お疲れ」
オレが声をかけると、明智はゆっくりと体を起こした。
「お疲れ」
そんな明智の声は少し安定してきたように思える。
オレが明智に手を差し伸べると、明智はその手を強く引っ張り、そして立ち上がった。
「話は後、さっさと逃げるわよ」
「どういうことだ?」
「いいから行くわよ!」
そんな明智の語勢には、いつもの明智らしさが戻っていた。
凛とした姿、その姿を見たオレの不安はどこかへ消えていった。
そして、オレたちは紙袋を持って倉庫から走り出した。
「わーお」
「大きな花火ね」
1秒後、オレたちの背後で大爆発が起こった。
☆☆☆
火花が立ちこめる倉庫郡の隅で、スーツを着た、1人のサングラス男が、電話を片手にその様子に驚いていた。
「午前6時20分、貴澄倉庫群にて爆発事故が発生。だいぶ派手にやられてます。これは恐らく、能力者の仕業かと······」
電話越しから人の声が聞こえる。
『なるほど、具体的な被害の様子は?』
サングラスの男は、大きく破損した倉庫れ歩き出した。
「直径2メートルの風穴、およそ厚さ3mの鉄壁が1、2、3······46枚、それに、その先にあった船までも……貫通しています」
『嘘をつけ、そんなこと有り得ないだろう』
そんな電話越しの声の高さは、少し低くなっていた。
「私も一瞬、夢かと疑いました。ですが、これは紛れもなく真実です。後で画像を送ります」
『そこまで言うなら分かった、信じよう。だが、誰がこんなことを?』
サングラスの男は、辺りを見渡す。だが、見渡す限り誰もいない。
「分かりません、それはこれから調査していこうと思います。ただ、ひとついえることは、この犯人、なかなか――」
その時、サングラスの男の前で、再び大きな爆発音が響いた。
ガラン、ガシャン、ドーン······そんな音が10秒間くらい響いた後、サングラスの男の持っている携帯から、比較的落ち着いた声が聞こえた。
『何があった?』
「······」
だが、その声も少しずつ激しくなっていく。
『おい、おい! おいッ!』
しばらくしてから、サングラスの男は右手で携帯に耳をあてた。
「······破損状況の訂正、鉄壁46枚、船舶1台、それに······その約50メートル先の高さ約34メートルの重量25トンのクレーンも破壊。この犯人……すごく……物凄く······ヤバい奴です」
状況を語り終えた後でさえ、サングラスの男の口は空いたままだった。携帯を持っている右手とは反対の左手は、震えたまま止まらない。しばらくすると、右手に持っていた携帯が、カタン、という音を立てて地面に落ちた。
その一方、火花の散る13番倉庫内では、男が次々に目を覚ましていった。
その中、明智に敗北した怪力男も、ゆっくりと目を覚ました。
苦しそうに汗をかく奴共、そんな時、1人の男が倉庫の外から歩いてきた。
その男は、怪力男の前で足を止めた。
「······誰だお前?」
怪力男は、鋭い視線で部外者を見つめる。
そんな視線とは対称的に、部外者の男は怪力男を見下す。
「無様だな。それでも能力者か?」
「誰だ、殺されたいのか?」
怪力男は拳を構える。だが、部外者の男は、未だ平然としている。
「それはコッチのセリフだ。そんなことして、せっかく俺たちの仲間に勧誘してやろうと思ったのに残念だ」
「ふざけるな。もとより、そんな気は全くなかった。死ね――!」
怪力男は、部外者の男に向かい拳を放った。
だが、その拳は部外者の男の右手で完全に止められた。
「焼却。殺れ」
「な、何だ――お、おいッ!!」
怪力男が気づいた時には、一面の炎に包まれていた。
そこにはもう、あの男の姿はどこにもなかった。
入りきらなかったので、来週はその後を投稿します。
次回、第1章最終話




