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BACK The new generation   作者: ナスの覚醒
第一節 カァルプリィトゥ
21/49

14話 進撃!財閥娘

 薄暗い空に、怪しげな雰囲気。石油の臭いがムンムンする。

 気づくとそこにはたくさんのコンテナがあった。どうやらコンテナ港のようだ。

 男達はどこかへ消えていった。無我夢中で追いかけていたら、ここまで来てしまった。

 知らない間に入っていた手の力が抜ける。

 明智は体を半回転させ、歩きはじめる。


 だが、その帰りの方向へ向いた足はすぐに止まった。

「これは······倉庫······?」

 番号が書かれた大きな鉄扉。その先はとても暗い。よく刑事ドラマであるアレだ。

 そんな大きな鉄箱が明智の視界に入ったのだ。


「男達は······ここに?」

 明智はズシリと大きな足音を立てながら、倉庫の方向へ歩き出す。

 だが、その中には誰もいない。

 

 その時だった。倉庫の扉を閉めようと、扉に手を掛けた瞬間だ。

 明智の頭上には、大きく『23』と書かれた文字があった。

 

 そして突然、明智は走り出した。



 陽は完全に沈んだ。所々にあるランプの光だけが頼りだ。

 そんな少ししかない光は、明智の不安を煽る。

 10番目くらいだろうか。明智は『13』と扉に書かれた倉庫にたどり着いた。

 静かな港には、明智のズシッという足音だけが響く。

 その時だった。

 何やら男の話し声が聞こえた。


 低くて太い声。少しかすれている。

 明智は少し身を乗り出して、中の様子を見る。


(すごい人数ね、アイツらもいるじゃん……!)

 だいたい100人くらいだろうか、怖そうな男達が居座っている。その中には、さっき明智のことをナンパした男達もいる。

 どうやら悪い組織みたい。

 明智はふと後ろを確認する。よかった、誰もいない。

 ちょうど昨日、偶然見たアニメの1話で、主人公が後ろから男に殴られ、薬を飲まされていたことを思い出したからだ。

 いくら完璧少女だってそこら辺は気になってしまうのだ。それが乙女心。あまり知らないけど。

 まあ、ここでちっちゃくなる訳にはいかない。


 一度頭を引っ込める。

 明智はこれからどうするかを考える。

 こんな人数、普通に考えると、一人じゃフルボッコ。

 どうしようかしら。

 シゲ盛を電話で呼びだそうか、いや、それなら時間がないかもしれない。あの人達が何をするか分からない。

 事後じゃ遅い。

 じゃあどうすればよいのか。


(ん? 何か引っかかるような……?)

 その時、明智の頭の中にを何かがよぎった。


(『普通』は無理ってことは······普通じゃなかったら……)

 明智は一般人ではない。能力者だ。もしかしたら……ワンチャン……でも······

 もし全員倒したとしよう。なら、その後どうすればよいのか。

 もしくは、捕まったらどうだろう。殺されるのだろうか、薬を飲まされてちっちゃくされてしまうのだろうか。

 一体ナニをされるのかわからない。ここで貞操を奪われる訳にはいかない。

 うーん……

 でも······  

『あぁぁぁぁぁ!! どぉぉすればぁぁぁ!!』

 明智の頭の中では、ひとみちゃんが頭を抱えて地面を転げ回っている。

 そんなひとみちゃんのところへ天使が現れた。白い布に身を包んだ、かわいい天使ちゃんだ。天使は囁く。

『悪に立ち向かうのが正義の味方ってものよ。ここで何もしなかったらどうなるの?』


 そして悪魔も登場する。黒いドレスに身を包んだ、ワイルドな悪魔チャンだ。悪魔は天使に反抗する。

『でも、こんな危険なことを冒してやるようなことじゃ――っておいッ!』

 明智は胸を張って堂々と倉庫の中へ入っていった。


     ***


 明智が倉庫に現れた瞬間、視線が一斉に明智に集まった。

 たくさんの鉄筋、とても高い天井、体育館の2倍ほどの広さ。そんな倉庫には、イヤなほどに漂う男臭にタバコ臭。

 そこら辺に落ちていたアタッシュケースでこの人たちが何をしているのかが分かった。

 どうやら怪しげな取引現場みたいだ。


 さあ、ここからどうしましょうか。

 『たのもう!』なんて言っても変だし、なんて言おうかしら。

「ここがあなた達のアジトね。さあ、どうしてあげようかしら?」


 すると、男達の中から一人のタンクトップの男が出てきた。おそらくこの組織のボスだ。風格が一段と他の人達とは違う。

 目つきが人一倍強い。

「お前は誰だ? 死にてぇのか?」

 明智の鼓膜を振動させる、一際低くて太い声。

 あれ? 思ってたのとちがう。イメージでは、すぐに襲いかかってくるのだけど、ちゃんと会話をしてくれそうだ。


「それはどっちのセリフなのか――」

「もういい、全員、殺れ」

 その男の右手の親指は下を向いていた。

 自分だけ喋って、人の話は聞かないなんて、やっぱりそういう人達なのか。明智のイメージはあながち間違えではなかった。

 ていうか、やばくない?

 気づくと、16方向に男達がビッシリ立っていた。

 どこを見ても男、男、それに男。みんな指をポキポキ鳴らしたり、余裕そうに立っている。

 だがそれは、明智の闘志を奮い立たせた。

 

 明智にも、ちょっとした余裕がどんどんできていく。

「いいじゃない……やってやろうじゃないの······!」

 明智はカバンからステッキを取り出す。

 冷や汗でシャツがビシャビシャでなんか気持ち悪い。あの時シャツも着替えておけばよかった。

 そんなことを思いつつも少し体をほぐす。

 身軽に動くその体に、ふと思った。

 

 ()()みたいに、胸が大きくなくてよかった······


 刹那の時間が流れる。

 そして、男達が一斉に襲いかかってきた。

 隙間もないほどの数、無数の拳がそこにはあった。


 明智はもう一度、ステッキを握り直した。


     ***


 暗闇に包まれたコンテナ港の中に、とてつもなく大きな音が響いた。そして、その音が止んだ頃、決着がついた。


 結果は歴然であった。

 100人ばかりの男達が気を失って倒れている。

 その真ん中には、無傷の少女が平然と立っていた。

 段々と重なって倒れている男達、その男達の手は力が抜けて開いている。

 

 そんな中、倒れた男達の後ろから一人、タンクトップの男が出てきた。

 それは、この組織のボス。残る一人の標的である。

「へぇ、なかなかやるじゃん。てめぇ」

 そう言いながら男はステップを踏み始めた。


「そういうあなたこそ、なんで今まで出てこなかったの?」

 男は指をポキポキ鳴らし出す。

「俺の出る幕じゃなかった、ってことだ。まあ、アイツらだけで済むと思ったんだが」

「ふーん、なかなか酷い扱いね」

「そういうもんなのさ、能力者ってのは」


 その時、明智の背筋が凍った。

 冷たい風なんか吹いていないのに、とても寒い。


「あなた――」

「――俺の能力は怪力。どんなものでも持ち上げられる。さあ、あんたは?」

「ふぅん、知ってたのね」

 そんな明智には1つの悩みがあった。

 それは、自分の能力が分からないことだ。

 ステッキを使ってるとはいえ、武器系の能力はないのである。だから、まだ能力を把握できていない。

 これからきっとどこかで困ることがある。その事が不安なのだ。

 そして今、自分が能力者だとバレてしまっている。

 しかも、能力者との初戦闘だ。

 内心とてもワクワクしてきたのだが、その一方で、まだ一抹の不安が残っているのも事実である。

 なんと答えればよいのだろうか。


「それは、戦っているうちに分かるものよ。今言う必要はないでしょ」

「なるほどね、そりゃ面白いもんだ」

 どうにか上手く切り抜けたものの、不安が消えた訳ではない。今から始まる戦闘がどうなるのだろうか。


 そして、男は近くにあった鉄筋を片手で持ち上げた。

 鉄筋はガチャンと音を立てて、男の肩の上に乗った。重さにしておよそ60キロ。改めて能力者の凄さがわかる。

 だが、明智も能力者の一人だ。対抗することができる。

 しかし、いつもの魔獣狩りのように簡単な戦いではない。これから先、何が起こるか分からない真剣勝負だ。


 明智はステッキを構え直す。そして、戦闘態勢をとる。

「さ、準備もできたことだし、始めるか」


 その男の一声で、明智と男の能力者対決が始まった。


     ***

 2人がその場を瞬く間に発ったのはほぼ同時だった。

 そして、その2つの風が同時にぶつかり合った。

 ステッキと鉄筋がぶつかった瞬間、火花が散り、周りに衝撃波が生じる。男達の山がフワッと揺れる。倉庫の形が変形したところを見ると、2つの力の絶大さが分かる。

 そして、2人はしりぞけ合うが、再びぶつかり合う。

 そしてまた、また、また······と。


 両手に鉄筋を持ったタンクトップの男は、隙なく明智に向かい腕を振り続ける。

 しかし、その鉄筋は明智に当たらない。

 

 右手にステッキを持った明智は、容赦なく降りかかる男の鉄筋を防ぎ続ける。そして、刹那の隙で男に攻撃を仕掛ける。


 しかし、そのステッキは男に当たらない。


 互角の戦いが続く。

 まさに一進一退。いや、一進一退もしないような攻撃と防御が延々と繰り返されている。


「······なかなか……やるじゃねぇか」

「······ふぅん、少し物足りないかしら」



 普通の人間視点では、下弦の月が綺麗に見えてきた時刻。

 倉庫の隙間から北風が吹いた。

 長い戦いが続く中、少し状況が変わり始めた。


 「怪力ってもんはこんなんだけじゃねぇ!」

 先にループを終わらせたのは男の方だった。

 1時間近く続いた、金属の打ちつける音が闇へ消えていった後、男は咄嗟(とっさ)に後ろに下がり、鉄筋を足下に捨てた。


 カランカランと大きな音を立てて地面に倒れかかる鉄筋は、もはや鉄ではなかった。無数の火花を散らしたせいで、所々が焦げており、何度もステッキとぶつかったせいで、たくさんのところが凹んでいる。


 明智はその鉄筋を見た瞬間、どっと疲れが込み上げてきた。

 だが、休む暇はない。気づくと男は沢山の大型家電製品を手に持っていた。

 明智は服の袖で汗を拭い、硬直した筋肉を少しほぐす。


 さっきまで出ていた下弦の月が雲に隠れた。

 長く続いた能力者対決にも、終わりというものが近づいてきた。


     ***


 武器を鉄パイプに切り替えた男と、ステッキを持った明智の打ち付け合いはまだ続いていた。

 倉庫の屋根に穴が空いている。

 どれくらい前だったのだろうか。男が突然、大型家電製品をこちらに投げてきたのは。

 いきなりの不意打ちに少し焦ってしまったが、すぐに正気を取り戻し、こちらに迫り来る家電製品を打ち返した。


 だが、それだけだったのだ。


 その後、男は近くに落ちていた鉄パイプを拾い、再び打ち合いを再開させたのだ。


 別にそれでよかったのだが、何か引っかかる。

 飛んできた家電製品は、打ち返すと綺麗な弧を描いて天井を突き破った。

 そして、夜空の向こうへ消えていった。

 何かあるのだろうか。


 しかし、明智にそれ以上のことを考える力はもうなかった。

 ほぼ無意識に腕が動いている。

 だが、悲鳴をあげているのは明智の身体だけではなかった。




 それは、突然のことであった。

 男が突然、鉄パイプを投げ捨てたのだ。


「フ、俺の勝ちだ」

「それはどういう――!」

 自分に背中を向け、遠くへ歩いていく男を仕留めようとした瞬間だった。


 パキッ――

 

 明智の目の前でステッキが呆気なく真っ二つに折れてしまったのだ。

 それはまるで、明智の心の内を明かすように。


 男は、瞠目どうもくしたまま動かない明智を見るやいなや、勝利の笑みを浮かべた。

 小刻みに震える明智に、男はゆっくりと口を開く。


「元々、お前の情報は調べていた。能力者ということも、しっかりと把握済だった」

「じゃあ······この取り引きみたいなのも······」

 まだ震えが止まらない明智に、男は近くに落ちていたアタッシュケースを拾い、そして開けてみせた。

「もちろんフェイクだ。お前をおびき寄せるためのものだ」

 その中には、何も無かった。まるで、明智を嘲笑うかのように。

「案外と簡単だったさ。男2人にお前をコッチにおびき寄せるように指示して、ここに来るように仕向けるのは」

「なるほど、私のためにこんなに準備をしてくれたのね」

「あぁ、もちろん。お前が必死に魔獣を狩るところをずっと見ていたからな。まあ、唯一予想外だったのは、俺まで出動しないといけなかったことかな。イギリスの連中はアイツらだけで済んだのに」

「やっぱり、あなただったのね」

 それはイギリス郊外で起こった事件。

 イギリスに本部を置く1つの闇組織が、何らかの手によって完全消滅させられた事件だ。犯人は全く分からず、迷宮入りが確実視された事件だ。


「でも、能力者の私を倒す意外にも方法とかはあったでしょ」

「あいにく、協力というものが嫌いなもんで。俺は1人でこの国を支配する」

 そう言うと男は、アタッシュケースを倉庫の端へ投げ捨てた。

 そして、腕時計を確認した。

「さあ、そろそろ時間だ。お前はもうすぐ自滅する」

「それはどういう事なの······?」

 弱々しく問いかける明智に、男はなるべく分かりやすく説明する。

「少し前、お前は俺の投げた家電製品を打ち返しただろ? 実はな、アレに少し回転をかけていたんだ」

「それって······」

「もちろん、ここに帰ってくるようにな。ブーメランっていうか、そんな感じだ。今、家電製品は綺麗な軌道を描いてこっちへ向かってると思うぜ」

 その時、やっと明智は気づいた。

 あの時、何か引っかかったのは、それが原因だったのだ。

 あれはただ投げただけじゃなくて、しっかりと仕向けていたのだ。

 少し先の勝利を確定させるために。


 明智は穴が空いた倉庫の天井を見上げた。

 周りが暗いのでよく見える。一等星に、人工衛星、それに流れ星。

 その時、明智の体の熱気が抜けた。汗でシャツが濡れていて少し寒い。だが、明智は夜空を見上げる。

 もしかしたら嘘なんじゃないかと少し信じていたが、残念ながらそれは現実。心の内から湧き出てくる絶望感はまるで明智を嘲笑うかのようにジワジワと明智の心を満たしていく。

 明智はただ見続けることしかできなかった。

 だんだん大きくなっていく流れ星。いくつあるだろうか。

 あの時、もっと考えていたら、と後悔してももう遅い。

 何故なら、時計の針は止まらないのだから。


「さあ、俺は何を放ったかな? 冷蔵庫、自転車、タンス、自動車。今更後悔しても自業自得だ」

 男の低い声が倉庫に響く。

 明智の手の力が抜け、半分になったステッキがカランカランと音を立てて地面に落ちた。

 そして、棒のように立ち尽くした。

 それは、明智が死を覚悟した瞬間だった。


 もう一度、夜空を見あげようとした時、流れ星は目の前にまで迫っていた。4つの星が一緒になって明智の目の前にまで来ていた。


――できることだったらもう一度、笑顔でいたかった。

 

 流れ星の(まと)った熱がそんな明智の前髪を焦そうとした時だった――――


 明智の目の前を閃光が通り抜けたのだ。


 ドンという大きな音を残してその光は過ぎ去っていった。

 目の前の光がなくたった時、目の前には腰を抜かした男がいた。家電製品はもうここにはない。左を見ると、明智の体一個分くらいの、大きな風穴がずっと先まで一直線に空いていた。そして、右に視線を向けた。

 砂ぼこりが立っている。だが、その砂ぼこりが消え去った時、姿をはっきり捉えることができた。

 少し離れたところに、杖を構えた一人の少年が立っていた。

「シゲ盛······!」

 

 天井の隙間から、不思議な天体が、明智にスポットライトを当てるように光を照らした。

 まるで、それは一筋の希望の光がどんどん広がっていくように。


 その時、明智は勝利を確信した。


     ☆☆☆

 明智が突然いなくなって、明智を追うようにここまで来た。

 そしたら、倉庫からとても大きな音が聞こえるもんだから、取り敢えず魔術弾を打ち込んだらこの有様。

 少し奥の倉庫で、明智と一人の男が腰を抜かしているではないか。


 オレは、明智の所へ駆け込み、近況を尋ねた。


「あの周りで倒れている男達は?」

「私が全部倒した」

「わお······」

 なんとなく想像できる。たった一人で、その何倍もの敵を倒す美少女(あけち)はまさに、戦場の天使。いや、悪魔と言うべきだろうか。

 一般人と能力者の違いというものなのか。


「それで、この男は?」

 オレは、足を震えさせながら何やら作業をし始める男に視線を向ける。

「この人は能力者。ずっと戦ってたの」

「なるほど」

 大体分かった。

 あらすじとしてはこうだろう。

 倉庫まで来た明智は突如、沢山の男に囲まれてしまった。だが、それを全員倒した。そうして、能力者であるこの男が出てきたというわけか。ボスっていうのはだいたい、最初から出てくるもんじゃないしな。


 オレは男を見る。男はまだ立ち上がっていない。オレはその男を背に、少し歩き出した。

「それじゃあ勝負もついたことだし、後はどうする?」

「いや、まだそれは早――」

 

 ガチャッ―― そんな音が響く。

 

 シゲ盛が振り向いた時には、もう明智に銃口が向けられていた。


 銃口を明智に向けた男は、ゆっくりと立ち上がり、そして奇妙に笑った。

「――そう、まだ終わっちゃいねぇ。俺の勝利だ」

「それはどういう――――これは!?」

 倉庫の外で吹く夜風は、もうシゲ盛達のもとへ届かない。


 銃を向けた男の背後、いや、横……おそらく全方位。

 人影が1層、2層と重なっていく。

 オレは明智と背中合わせになった。

「さあ、追加人員だ。さっきのやつも加えて、ざっと1000人ってところかな。イギリスの闇組織を壊滅させた俺達をナメるな」

 そんな男のかすれた声は、あっという間に不気味なざわめきにかき消された。


 倒れていた男達が立ち上がる。オレ達はどんどん追い込まれていく。

 そう、オレ達は360度、無数の男達に包囲されてしまったのだ。



「おい、明智――」

 オレは背後の明智に話しかける。

「――おーい、丸聞こえだ」

 だが、その声は男達に丸聞こえだ。これじゃあ作戦も伝達できない。


「ちょっとシゲ盛······耳貸して」

 次は明智からオレに話しかけてきた。

 オレは明智の方へ体を寄せる。

 だが

「――すまん、これも無理だ」

 オレは再び明智に背中を向けた。

 明智の方へ体を寄せると、男達の方に背後をとられてしまうのだ。


 くそぉ、どうすればいいんだ?

 魔術が使えたらいいのに、さっき以来何故か使えない。

 さっきのは偶然だったのか······

 隙を見せたら、コイツらはすぐにコッチへ襲いかかってくる。

 そうすればオレ達はひとたまりもない。

 何かいい手は······

 オレは、まぶたを閉じた。


 くそぉ! 焦って何も思いつかない。

 男達はどんどんオレたちに迫ってきている。

 ジワジワと、オレたちは後ずさりをしていく。

 ジリジリといった小さな足音が、ゴソゴソと立ち込める大きな足音にかき消される。


 そして、そんな小さな足音がピタッと鳴り止んだ。

 オレの背中から柔らかくて、あたたかい感触が伝わってきた。

 

「落ち着け······何かいい手があるはず······」

 そうブツブツ言いながら考えていたオレは、瞑目を解いた。


「······背水の陣か」

「······どうするつもりなの?」

 明智の少し荒い吐息が、オレの切ったばかりの髪に当たる。

 明智の長い髪が、オレの肩にかかっているところから、どうやらもう後ずさりもできないようだ。

 

 屋根に空いた穴から、不思議な天体が見える。今日はいつもよりしっかりと見える。

 ――ほんと、この天体って、不思議だなぁ。


 いつもは前髪が邪魔で、あまり視界はよくなかったのだが、もう前髪はない。

 もうその前髪はあそこの美容室のゴミ箱の中だ。

 ──あそこの美容室、なんて名前だったっけ······?

 たしか、ドイツ語で、読みづらくて······!


 その時、オレの脳に電撃が走った。

 いきなり、今日の記憶がフラッシュバックされる。


     〜〜〜

 『オレのことを見て笑うバカヤロー達』――違うそれじゃない。

 『オレのことを見て笑う美容師』――それも違う。

 『ファミレスのジュースの中の氷』――違う。

 『突然の腹痛』――それでもない。

 『楽しいショッピング』――これでもない。


 じゃあなんなんだ、この閃きの元凶は。

 何もピンとこない。もうこれ以上は······ いや、待てよ。

 あの買った服類ってどこに置いたっけ······?

 ······あぁ、魔術弾を撃った場所か。

 確かあの中身は、服に、ボトムズに、それに······!


 『セルジュ・ドゥ・ニーム』――これだ!!

 これが、オレの閃きの元凶だった。


     〜〜〜


 オレは、力なく垂れ下がった明智の手を、取り込むように掴んだ。

 フワフワしているけど、冷たい。

 脈動を測ってみる。

 あれ? めちゃくちゃ早い。それに、だんだん手が温かくなってきている。

 まあいい、明智はまだいける。

 そして、オレは起死回生への最善手を放った。


「 En face de nous, trois couches de personnes à 180 degrés, légèrement vers 1 heure. " ( こちら前方、180度に三層の人だかり、やや1時の方向が薄め)」

 そう、フランス語だ。フランス語なら脳筋バカの男達じゃ分からない。堂々と作戦を伝達できる。


 明智は少し固まっていたが、すぐに察したのか、オレより声を張りあげた。

「C'est un peu. Mais je sens que la direction à 11 heures est un peu mince (こっちもかなりビッシリ。でも、11時の方向が少し薄い気がする)」


 なるほど、それならば。

「 Eh bien, je vais attirer les hommes. Pendant ce temps, vous traversez une foule de gens venus d’un endroit maigre, vous vous retrouvez en bataille avec un homme maussade. Je n'ai plus le temps, ça va? (じゃあ、オレはその男達をおびき寄せておく。その間にお前は薄いところから人だかりを突破、怪力男との戦闘に持ち込む。もう時間がない、いいか?)」


 明智からの返事はすぐには来ない。

 それは分かっている。だが、時間がない。

 だから、優しく声をかける。昼に明智にされたように。


「笑え。笑顔でいろ。ならきっと上手くいく。お前ならできるってオレは信じている。オレもできるか分からないけれど、やってみる」

 頼む、明智。返事をしてくれ――――


 その時、オレの手に何かの力が加わった。

 それは、柔らかくて、温かくて、しっかりと脈を打っている明智の手だった。

「――言ってる本人が分からなかったらどうするのよ」

 オレたちは、お互いの指と指を絡ませて、しっかりと手を握った。熱が身体中に伝わる。


 オレはもう一度周りを確認する。すると、オレの背後から再び声が聞こえてきた。

「 La campagne commence par un signal après 5 secondes. Ok? (5秒後の合図で作戦スタート。いいわね? )」

「La compréhension (了解)」

 そして、明智は秒読みを始めた。

「Cinq, quatre, trois, deux, un(5,4,3,2,1)······スタート!」


「よっしゃぁぁ! かかってこいや!」

 オレはナイフの刃の部分を持ち、柄の部分を構える。



 こうして、オレたちの起死回生が始まった。


 

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