13話 明智流! ビフォーアフター
あとすこしで週刊
明智 瞳。彼女は主に3つの顔を持っている。
1つ目――清楚なお嬢様の顔。
2つ目――元気な可愛い女子高生の顔。
3つ目――ツンツンした氷点下能力者の顔。
1つ目と2つ目は主に学校で用いられる。完全に外ズラであり、どちらも笑顔の絶えない美少女、男子の憧れである。
この2つの顔を学校で、まるで大道芸人のように使いこなした明智は、『マドンナ』だの、『天使』だの、『アイドル』だの······と、みんなから呼ばれ、そして、慕われている。そこまではまだ妥協点。
しかし、問題は3つ目だ。このツラはオレとオキくらいしか知らない。オレには3つ目のイメージがキツつぎて、1つ目も2つ目も嘘のように思える。
この3つのうち、どれが真実なのか。(おろらく3つ目)
そんなツラを見事に使いこなす明智はまさに、三面相であり、リア充の中のリア充だ。これもひとつの能力のように思える。もちろん、オレはその能力を欲したことはない。
***
6月下旬、連日の雨から一変、今日は快晴、そんな日にオレは明智と会う約束をしていた。
今日は土曜日、オレのいる駅前広場にはたくさんの学生達がいる。
昨日の金曜日、オレは立ち直った。
そして、いじめへの全面対抗を決意した。
そんな時、明智がオレの肩を叩いたのだ。
明智曰く
『それなら、まずは学校での地位を上げる必要があるわ。目標としては、リア充になることかしら』ということらしい。
そんなの絶対無理だろ。
と思っていたのが以前の自分だ。
だが今なら、やりがいがありそうでいいと思う。
「このオレが陽キャ······ね。なんか想像つかねぇや」
自然に笑みがこぼれる。
そして、そのために今日オレは駅前に呼び出されたのだ。
何をするのかは当日のお楽しみらしい。
でも、持ち物が大量のお金なのでなんか怖そうだ。
ちなみに、なんでオレのことを支援するかを聞いてみると
『それは、これ以上迷惑かけて欲しくないからに決まってるで······しょ』ということらしい。
なんか怪しかったけれど、どうせ気のせいだろう。
そう考えているうちに、明智はすぐ来た。
それと同時に、オレは周囲の異常な反応に気づいた。
「だれ!? この美少女」
「アイドル?」
「やべ、めっちゃかわええじゃんあの子」
「芸能人?」
明智は周囲に謎のオーラを放っていた。周りの輩は男女関係なく、明智に釘付けだ。
とりあえずあいさつする。
「よお、明智」
「あら、ずいぶんと度胸のある服装ね」
早速指摘されました。それは、周りの反応からも分かる。
「だれ? あのだらしない男」
「彼氏ではなさそうだね」
「マネージャーかな」
「なんかスッキリしていないね、あの横の男の人」
黙りあがれ……魔術でぶっ飛ばしてやろうか······
そんなオレに対し、明智の服装は完璧だ。
後ろにリボンがある、足までの長さがある黒いワンピース。スラリとした明智のスタイルと姿勢にとても合っていて、お上品な風格を醸し出している。
その下には半袖の白のTシャツを着ている。襟元は少し緩めでそこから見える肌に色気を感じる。
それに、白と黒という衣服の組み合わせがさらに上品さをグレードアップさせている。か、可愛い······
それに比べ、オレはボロボロのジャージのズボンに白いTシャツ。着ている服は明智と同じ筈なんだがこんなに見た目に大きな差異があるとは。
明智はオレを見ると、少し首を傾げた。
「ねえ、このメガネ取ってもいい?」
「い、いいけど······あっ!」
明智はオレの顔に手を伸ばすと、メガネをつまみ出した。
そして、目の前で半分に折って見せたのだ。
「な、何するんだよ!」
「別にいいじゃない。似合わないわよ」
「そ、そうなのか······」
美の匠、明智に言われたなら仕方がないのだが、何だかスッキリしない。
まあ、天性眼のお陰で視力は落ちないし、このメガネ······百均だけど。
ずっと使ってきたものを、目の前で粉砕されると······
よぉし、もうこれ貸し1でいいや。
「それで、今日はこんな所へ呼び出してなんの用だ?」
騒がしい駅前の広場で、オレは少し大きめに声を出す。
少し視界が明るくなったような感じがする。
「ちょっと来て」
そう言われ、オレは明智に手を引かれ、喫茶店に入った。
***
昼下がりの喫茶店。賑わいを見せる中で、オレたちは陽の光が少しだけかかった、店の真ん中あたりのテーブルにいた。
「で、一体なんの用だ?」
オレは運ばれてきたオレンジジュースを飲み干す。
「勉強。ていうか、まずは基礎知識を教えるわ」
「それで喫茶店に?」
「そういうこと」
明智は微笑んで、お上品に紅茶を1口飲む。そして、ゆっくりとカップをテーブルに置いた。
「つまり、陽キャになるための第一歩ってことよ」
そう言って、明智は大学ノートとシャーペンを取り出した。
「まず、あなたに派閥を教えるわ」
「派閥か、そんなものあるんだな」
「当たり前よ。みんながみんな一緒って訳じゃないのよ」
今まで目の前の人間達をひとまとめにしていたオレにとって、それは初耳だ。能力者にも派閥があるとジジイから聞いたことがあったが、リア充界にも存在したとは。
「簡単に言うと、男子2つ、女子1つの三大巨塔になっているわ」
そう言って明智はノートに綺麗な活字で何かを書き始めた。
「まずは女子、これはわたしを筆頭としたグループの一強状態って言ってもいいと思うわ」
そう言いながら、明智はノートに書いたことを図示しながら話す。とてもわかりやすいのだが、
「自分で言うのかよ······」
明智のグループといえば、妃夏、浅間などもいたような気がする。いつも明るくて、可愛い女子高生ってイメージだ。
「別にいいじゃない。文句でもある?」
「いや、別に······」
なんか腑に落ちないが、事実なので否めない。反論したらなんか言われそうだし。
複雑な表情のまま明智を見てみると、シャーペンをクルクルと回している。それは暇つぶしのレベルじゃなく、シャーペンが回りすぎて明智の黒髪が風でなびいている。
わーお、能力者ってるな。
やべぇのだかすげぇのだか分かんねぇよ。
「じゃあ次は男子ね」
ある程度ペンを回し終えると、明智は再び何かを書き始めた。
ノートの下の方に何かの図が現れてくる。
「男子は華村くんのグループと真坂くんのグループの二強の状態だわ」
「なるほど」
華村といえば、陸上部のヤツだったような気がする。かなり明るくて、しかもイケメンで、運動神経もよくて、結構な人気があるが、どこか怖そうでオレは避けてきた。
真坂は、言うまでもなくオレをいじめていたヤツだ。いじめをやる奴は、人気なんか出ないと思っていたのだが、どうやらオレの予想通りだった。
アイツら3人は、イジメの中心核が誰なのかを分からなくしていたのだ。みんなでいじめる、それがスタイル。それなら、中心が誰なのかも分からないし、アイツらだって元から結構人気があるので、巨塔にだって十分なれた。
なんか、スッキリしない話だ。現実はそう上手くは回らないのだ。
「華村くんのグループには他にも、オキくん、凛島くんといった中心人物もいるわ」
「オキか······」
凛島はなんとなく分かっていたが、オキはすごいと思う。
小学校のころはいじめられていたのに、今は学校のカースト上位に君臨している。オレと立場が逆転してしまったようだ。
まとめると、男子のトップカーストは華村、真坂、凛島とオキ。女子のトップカーストは明智、ということになる。
いろいろ複雑そうで、考えるだけで頭が痛くなりそうな話だ。
「まあ、他にもジョーカー的な存在もあるんだけど、それは関係ないから大丈夫」
「なんだよ、言いかけて」
そう言うと、明智はオレに微笑みかけた。悪魔の表情。かわいいので反抗できない。
「そしてもちろん、あなたには華村くんのグループに入ってもらうわ」
「そりゃそうだろうな」
明智のグループは華村のグループと仲がいい。なので、いろいろフォローしやすいってことだ。
「でもね……シゲ盛」
「ん? なんだよ改まって」
明智はノートをしまい、机に両腕を乗せた。
「立ち振る舞いってモノもリア充にはたいせつなのよ」
明智は視線を落とす。
「例えばそのジュース。氷まで食べてるじゃない」
「それがどうしたんだ?」
そう言いながら、オレは氷をボリボリ食べる。
「それが通用するのは中学生までよ。あなたガキンチョ?」
思いっきり軽蔑された。オレは急いで氷を飲み込む。
「ちげーよ、癖だよ。癖」
明智は再びオレに目線を戻した。
「じゃあ、その癖を直していかないとね」
「······はい」
これ以上言い逃れはできないと、反射的に感じた。
さすが明智せんせ。小さなことも見逃さない。
リア充になるものも一筋縄って訳にはいかないってことか。
小学校の時のリア充とは全く違うのだ。あんなの明るかったから、なれたことだし。まずあれがリア充かも分からない。
そんなことを考えてると、明智は立ち上がって財布をカバンから取り出していた。
「さ、会計済ませてさっさと行くわよ」
「どこへ行くんだ?」
「それは行ってからのお楽しみ」
その笑顔はどこか楽しそうで、オレも嬉しくなった。
こうして、オレたちは昼の明るい街に繰り出したのである。
その時、明智のスマホに、とあるメールが届いていた。
***
「すちょんへい······なんだこれ?」
「ドイツ語で美容室って意味よ」
「オシャレだなぁ」
オレたちは少し街から離れた『Schönheitssalon』という美容室に来た。
洋風の家を再現したのか、三角屋根が大きく目立つ。青空とマッチしていて、まるで外国に来たようだ。
しかもなんだか高そうなところだ。早くも財布が軽くなりそう。
「じゃ、このメモを店員さんに渡して」
そう言うと、明智はカバンからメモを取り出した。
メモを見てみると、たくさんの異世界語が書いてある。
ふろんと、とっぷ······ここは日本なのだろうか。
それにしても、とても細かくミリ単位で書かれている。
これは店員さんも苦笑いだろう。
「これを渡すだけでいいのか?」
「そうよ。それを渡せば、その長ったらしい髪と寝癖がなくなるわ」
「これくせ毛だよ!!」
まあ確かに、長めの髪は面倒だ。たまに目の前に垂れてきてとても腹が立つ。あと、頭の少し右辺りに局地的に髪が跳ね上がっているところがある。それは寝癖ではなく、くせ毛だ。もう一度言っておこうか、くせ毛だ。
はーい、ここテスト出ますよーだ。
明智には何回か言ったはずなのにまた間違えられてしまった。
まあ、それも今日限りでおさらばなので、もうどうでもいいや。
「何? 緊張してるの?」
オレがそんなことを考えていると、明智はオレのことをじっと見ていた。
「なわけねーだろ、見とけよオレの変わった姿を」
「はいはい、楽しみにしてますよーー」
これ絶対楽しみにしてないヤツだろ。
まあいい、さあ行くか。
こうして、オレは1歩を踏み出した。
***
ドアを開けた瞬間からオレは焦っていた。
なんか知らんが明るそうな外国の曲。鼻をツンツンさせる匂い。そしてギャルっぽい店員。
ずっと近所の床屋通いだったオレからしたら、全てが異世界だった。
席に座った瞬間店員からは引かれ、メモを渡すと、イメージが違う、と驚かれ、笑われ、雑誌を読んでいる明智からも笑われ、挙句の果てには、また寝癖呼ばわりされてしまった。
まさに、ここは生き地獄だ。リア充の気が知れない。
今オレは、髪をバッサリと切られている。
バカみたいに髪が上から落ちてくる。
ハゲになるのではないか? 明智ならやりそうだ。
そして、髪を切られ、ワックスとかいうやつを頭につけられ、まあ色々されて、オレの地獄は終了した。
「お値段、6000円になります」
「高っ!?」
しかも6人の英世がオレの財布を去ってしまった。
リア充って厳しいな。金銭的にも。
「おい、あれぼったくりじゃねーか」
「あんなの安いものじゃない」
「お前は金持ちだからだろ!!」
どうやら金持ちの明智の感覚で今日、オレは動いているのかもしれない。「行くぞ英雄王、金の貯蔵は十分か」並の勢いである。一日で自己破産する可能性が浮上してきた。
店を出て、少し早歩きしながらオレは財布を確認する。散髪でごっそり持っていかれたので、この調子じゃ明日から朝ご飯抜きになるかもしれない。
横で歩いている明智を見てみる。
ワンピースだってどうせ高級品だ。時計は派手ではないが、3カ国くらいの時間が表示されている。靴はスニーカー。スニーカーなのに、なんだか高そうに思えてくる。なんだかいい匂いがするが、これは明智の服からの匂いだ。きっと高級柔軟剤とか、そういうのだろう。
何だか頭がおかしくなりそうだ。
そうやってオレが明智をずっと見ていたら、気づくと明智は不思議そうにオレを見ていた。
「何? なんか付いてる?」
「いや、なんでもない。でもなんで急いでいるんだ?」
「ちょっと時間がスケジュールから遅れてるだけよ」
「なるほど」
そんな中、また明智のスマホにとあるメールが届いた。
***
次にオレたちが着いたところは、服屋だ。
そこは大きなショッピングモールの中にあり、主にお高そうな服を取り扱っているらしい。
と言いたいところだが、さすがにお金がキツイので、その横のこれまたオシャレそうな服屋で許してもらえた。
そこにはたくさんの服が並んでいて、まるで虹のようだ。
そんな店内を見渡していた時だった。
オレは鏡が目に入った。オレの身長くらいの長さの、大きな鏡だ。
なんということでしょう。
そこに映っていた顔を、一瞬他人と見間違えたのである。
それはほんの些細なことだった。でも、それはオレに大きな衝撃を与えた。
鏡に映ったオレは、どこかリア充っぽい陰キャみたいに見えたが、服装、表情からオレだと分かった。
見間違えた原因、それは髪型である。
いつもは目くらいまでかかっていた髪の毛がないのだ。
その前髪は眉の上くらいにあって、全体的にさっぱりとした髪型だ。ワックスのせいか髪がきれいにセットされている。
ただ、くせ毛は直っていない。こりゃもう一生モンだ。でも、それを上手く活かせきれている。
オレは初めて、6000円の意味を理解したのだ。
オレが鏡をずっと見ていると、明智がオレの目の前にいきなり現れた。
「な、なんだぁぁ!?」
明智はそんな驚くオレに笑いかけ、オレの顔に手を伸ばした。
それは最近されたような感覚だった。
口角が上がっていたのだ。
「ひとつ、教えてあげる」
明智の黒い髪がオレの首に当たる。なんだかいい匂いがする。明智の青い瞳にはオレがしっかりと映っている。
「男の子っていうのは、笑顔が一番カッコイイのよ。あなたも、なろうと思えばカッコよくなれるわ。がんばりなさい」
ツンツンと指で頬を突かれた。
なんだか顔が熱い。
オレはもう一度鏡を見る。オレはもう一度驚いた。
その顔は、イケメンって言うほどではないが、明らかにブスではなかったのだ。なんていうか、こいつリア充っぽくね? ってほどだ。
これが笑顔の力……オレは本当に変われるのではないだろうか。
なんだかそんな希望が湧いてきた。
「っしゃ、がんばるか!」
そこからは割と楽しかった。たくさんの服を着て、笑ったり、時には真剣に服を考えたりした。気づくと、空がオレンジに染まっていた。
「これはセルジュ・ドゥ・ニームか?」
オレは染色加工をされた綿の厚地織布を手に取った。
「これはジーパン、もしくはジーンズっていうの。分かった?」
「なるほどね、日本ではそう呼ぶんだな」
セルジュ・ドゥ・ニームはフランス語だ。これをジーパンって呼ぶことを今知ったオレ。これって時代遅れ?
ちなみに、オレと明智は英語、そしてフランス語を習得している。特になんの意味もなく、ただの暇つぶしだ。そのせいで、オレはモノをフランス語で認識しているものも多々ある。このジーパン? だってそうだ。
ちなみに、オレ達が英語のテストで満点をとれない理由は、リスニングの時間に、つまらなさすぎて寝てしまう癖があるからだ。これは2人とも一生克服できない。いや、しないだろう。
「これはいてみる?」
「よし、試着してみるか」
そんなこんなで、オレたちの時間は過ぎていった。
「じゃあ、これで決まりね」
全ての服をカゴに詰め終えた明智が、両腕を腰に当てている。
オレは財布を確認する。大体、上下5セットくらい。値段はかなり高そうだが、3万までは行かないだろう。今のオレの所持金は5万。よし、行ける。
そして、会計を済ませたオレはあることに気がついた。
「お前……いつの間に着替えたんだ?」
自分の服に集中しすぎて気づいていなかったが、明智の服装が清楚なワンピース姿から、どちらかと言うとスポーティーな姿になっているのだ。
「あなたが会計をしている間に、ちょっとね」
膝の上くらいまでのセルジュ……もとい、ジーパン。そして、黒のニーソ。ワンピースの下に着ていたTシャツはそのままで、スニーカーもそのままだ。
さっきと比べると、肌の露出が多くなっている。
白いTシャツから伸びた少し日焼けした両腕。さっきと同じ服なのにイメージが全く違う。
目線を下に落とすと、ジーパンから、細くて長い足がスラリと伸びている。膝の上の、白くて少し筋肉がついた太ももが目に入る。断じて挟まれたいとは思っていませんからね。
こう見ると、スタイルも完璧だな。モデルにだってなれそうだ。それほどのやつと一緒にいるオレが少し恥ずかしい。
さすがファッションの匠だ。
「じゃ、帰るか」
「そうね」
こうして、オレたちはショッピングモールを出て、駅へ歩き始めた。
この時、また明智のスマホにとあるメールが届いた。
***
オレたちは今、駅へ歩いている。もう陽はほぼ沈んでいて、だいぶ暗くなっている。昼とは違って、周りにいる人たちも、少し平均年齢が上がっているように思える。
そんな時だった。
とあるモノがオレを襲ったのである。
急に腹が締め付けられる感覚。全身に寒気が走る。
腹痛だ。
「······ちょっとオレ、トイレ行ってくる」
「じゃあここで待っておくわね」
オレは、明智が木にもたれかかるのを確認して、トイレへ駆け出した。
ビルの立ち並ぶ薄暗い街に、少し冷たい風が吹いた。
その風は、これから起こることの予兆だった。
その時のオレは、まさかここから大変な事態になるとは思うはずもなかった。
あの事件に関係することになるなんて……
☆☆☆
風に揺れる木の下、明智はシゲ盛を待っていた。
そこで私は溜まっているメールを確認する。
その時だった。
「あれぇ? 君可愛いねぇ、一人?」
前を見ると、少しガタイの良さそうな若い男が2人、明智の前に立っていた。
目線、声の発する方向から見て、完全に明智に向けてだった。
その時、明智は冷や汗をかいた。体がブルブルと震えた。
そして、明智は固まってしまった。明智の頭の中のすべてを、ひとつの感情が占領する。
『この人たち、怖いっていうか、気持ち悪さがやばい』
そう、明智は気持ち悪さに固まってしまったのだ。
若い男達は反応しない明智にさらに話しかける。
「おーい、聞こえてる? もしよかったら、俺たちとカラオケでも行かない?」
「ごめんなさい。私、用事があるので」
明智はとっさに我に返り、冷静に断る。このことにはだいぶ慣れている。まあ、この気持ち悪さは異常だが。
若い男達の眉間にシワがよる。
断られた若い男達の語勢が増していく。
「ねぇ、そんなこと言わずにさぁ。俺達と行こうぜ」
そう言って男の一人が明智の腕を引っ張った。
「ちょっとやめてくださ――」
その時、強い風が吹いた。
「――死にたくなかったら、俺達と楽しい遊び、しようよ」
明智の目線の先には――ナイフがあった。
その時、明智の口角が上がった。昼にシゲ盛に施したような表情で。
そして、全身の緊張が一気に抜けた。
「ふーん、本当にそれ使えるの?」
「あぁん? なんだと?」
もう一人の男もナイフを出した。
周りの人達は、明智と男2人を中心として輪を作っている。
男達がナイフを構えた瞬間、周りの人から一斉に悲鳴が聞こえる。
明智は落ち着いた手つきでステッキを取り出す。そして、軽く片手で3回転ほどさせてから、男2人に手招きをした。
だって明智は、誰よりもナイフを上手に使う奴を知っているのだから。
***
それは刹那の時間だった。
強い風が吹き終える前に――――男2人は倒されていた。
「はぁ、後でしっかり手を洗わないとね」
明智はステッキをカバンにしまう。
男2人が明智に襲いかかった瞬間、明智はまずステッキで、男2人が持っているナイフを叩き落とした。
そこからはもう楽勝。
男達は徐々に引き下がっている。
もちろん、明智はそれを逃す訳がない。
それは、たった一瞬だった。
そこから、ただ無謀に伸びたナイフを持っていた2人の手を引き込み、両方同時に背負い込みで投げたのである。
周りの人達は、拍手をする者、ただ口を開けたままの人と様々だ。
そんな中、男達は足をビクビクさせながらオロオロと逃げ出した。
「「お、覚えてろよ!」」
「ま、待てぇぇ!」
そして、明智は、その男達を追って走り去ってしまった。
狙った獲物は逃さないタイプの明智は、中途半端なコトが大っ嫌い。絶対に終わらせてしまうのだ。
だが、何かを忘れているような。
☆☆☆
トイレに行く前より少し暗くなった街の中に、シゲ盛は戻ってきた。
だが木の下に来てみたものの、本来いるはずの人の姿がない。
「おーーい、明智どこだーー!!」
街の奥まで届いた大きな声は、明智に聞こえることなく消えていった。
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