8話 オレと妃夏
5月13日、改稿完了
最近、いつも何処からか見られているような気がする。
あの日以来だろうか、見られているせいで、ずっと姿勢をきちんとしなければならない。お陰で毎日筋肉痛が続いている。
確かその日は、小テストが返された日だった。
「またやってくれたね」
担任の先生がそう言いながらテストを返す。
「ありがとうございます」
ボクは100点の答案を見る。
「怪物かよぉ……」
矢嶋がボクの答案を見て言う。
「マジかよ……」
「ヤバくね……」
なんかみんなが沸く。
シゲ盛君は石像みたいに停止する。
「オレなんか······皆10点だぞ……」
涙を流しながら、矢嶋が自分の答案を見せる。
「だ、だ、大丈夫だって!」
ボクは、一応慰めているものの、それよりも全教科ピッタリ10点をとる凄さに驚く。
まあ、そんなことがあってあんなことがあって、それで······
ま、そゆことだ。
以上、短縮バージョンの回想でした!
なんか筋肉痛のせいで、思い出すことまでも面倒くさい。
こういう時はゲームだ。モチベーションの回復はもちろん、血行促進、ストレス解消、リラックス効果までも期待できる。
つまり
「あぁ、早く帰ってゲームしたい……」
そんな今でも、ボクは誰かに見られている。
なので、今でも背筋がビンビン。背筋終了のお知らせだ。
ていうか、一体誰に見られているのだろう。
誰かにつけられ始めてから初めて、ボクは後ろに振り返る。
だが、その『誰か』は近くの物陰に隠れる。
カサッという音が聞こえたので、確実につけられているのだが······
まあ、さすがに一筋縄にはいかないな。
今は昼休み、ちょうど用事の帰りだ。職員室から自分の教室に帰ろうとしている訳だが、その約50メートルの道が長い、長すぎる。日本縦断? いや、シルクロード? いや、地球一周くらいだ。
それに、家に帰るまでのあと約3時間も長い、長すぎる。日本の歴史? いや、世界? いや、宇宙。現在から宇宙創成までの約138億年のように長い。カップラーメンが数え切れないほどできてしまう。
そんなことを考えているうちに教室に着くかな、って思ったけれど、残念ながらまだ教室ではないようだ。
ん? どこだここ??
壁にはピンクのタイルが貼られていて、窓の外からの木漏れ日が中を照らしている。床にも灰色のタイルが敷き詰められており、綺麗に掃除されている。
それに、ラベンダーの香りがする。また、あまり知らない匂いも……
何だこれは? 化粧の匂い······?
今気づいたのだが、目の前には4、5個くらいの個室が立ち並んでいる。
え? ここって······
······よし、これは知らなかったことにしておこう。
どうか誰も見ていませんように。
そして、ようやく放課後。
「たかる〜帰ろうぜ〜」
学校のチャイムが鳴り終わり、色んな人が部活、帰宅、居残り、などと散らばる中、矢嶋がボクの方に歩いてきた。
広い廊下のせいか、矢嶋の元気な声がよく響く。
テストを返された時のあの態度はなんだったのか······
まあ、矢嶋らしいな。
ちなみに、今ボクは限界寸前。体感にしておよそ138億年、途切れることなくボクは背筋を伸ばし続けていたのである。
「よし、帰るか」
気づくとそんな自分の声が、いつもより少しスッキリしているように思えた。また、体が軽く感じる。
何処かで聞いたことがある。
背筋を伸ばすと、血行が良くなったり、記憶しやすくなったりするらしい。
体力は限界だが、何か得られるものがあったのならば結果として良かったのかな。
もしかしたらと思い、背中を触ってみる。
「······痛ッ!」
でも、どんなことにもリスクは付き物。
急な筋トレはNGだ。
「どうしたんだ?」
気づくと、矢嶋が隣で歩いている。
その顔には涙の跡が残っていた。
「あのさぁ」
「うん? どうした?」
夕暮れ迫る帰り道の中、おもむろに矢嶋が話しかけてきた。
「最近お前さ、なんか後ろから気配感じない?」
「え?」
一瞬固まった。
まさにその通り、もう気配などの問題ではない。
その事で頭がいっぱいだ。お陰で筋肉も犠牲になった。
――命を狙われているのか!?
――もしくはストーカー?
――あっ、もしかしたら生まれたてのアヒルは最初に見たものを親として認識して、それからずっとその親について行くとかなんとか……いや、ないな。
などと勝手に想像が広がってしまう。
まあ、そんなこんなでとにかくずっと気になっているのだ。
ていうか、
なんで矢嶋が知ってるの!? マジシャン?
「そ、そうだけど······どうしたの?」
ボクは恐る恐る矢嶋に聞いた。
どうしてボクの命が狙われているんだ!? 何も恨まれるようなことはしていないぞ!
「いやぁさ、後ろから丸見えなんだよなぁ」
「······え?」
確かにボクからは見えないけど、後ろから見れば丸見え······
うーん、ドジだな。
その言葉がこのことをまとめる最適解といえるだろう。
確かに傍から見たら怪しいけど……って、
そんなこと普通は対策してるだろ!
とにかく、ドジな殺し屋なのか。
「それで、誰なの?……」
矢嶋に質問するボクの声が少しずつ震えてきた。
一体誰がボクの命を狙っているんだ!?
「それは······妃夏 芽久だぁッ!」
探偵みたいに手で顎を触っていた矢嶋は、突然、どこかのヘボ探偵のように大声を出した。今すぐ眠らされそうただ。
うーん、妃夏 芽久。あのいつも明るい子か。
でもマジか、ボクは妃夏に命を······何か恨まれるようなことしたかな? 今まで特に面識はない。目が合ったら会釈したくらいだから恨まれる訳·····って、さっきからなんなんだボクは!!
「ははは――」
もう笑うしかない。
――なんでそんなにドジなのか。
――どうして妃夏がボクをつけているのか。
――一体どういうことなんだ?
たくさんの疑問が頭の中を飛び交う。
なんかもう頭がごちゃごちゃしてきた。
橙色に染まる帰路、ボクは唸り声を上げながら歩いていた。十字路、一本道、それに公園、ボクはずっと唸り続けた。無邪気に遊ぶ子供たちが羨ましい。
そして放課後、陣田くんを家に誘ってゲームだ。
もうこれが定番である。両方とも部活に入っていないから、放課後はいつも暇なのだ。
だいぶ陣田くんとも打ち解けてきたし、ゲームもそこそこ上達している。まあ、一石二鳥ってことだ。
ピコピコ……
ドカーン……
キュイーン……
テッテレー……
真っ暗な、カーテンを閉めた部屋。ゲームの光が赤、青、黄色とボクたちの顔を照らす。
こうしてゲームを進めて1時間。
時計を見るとまだ5時だ。
カーテンの隙間から見える少し深い青の空と電線。電線にはカラスが数匹停まっている。ここで、ボクはあることを思い出す。
それは、いつかの放課後、校門の近くのことだ。シゲ盛くんと妃夏が話をしていたのだ。
一見普通のことなのだが……シゲ盛くんが話をするのはごく一部の人だ、って矢嶋が言ってたからな。
――そう考えるとシゲ盛くんと妃夏は何かがあるんじゃないのか?
「あの、シゲ盛くん······あっ、後ろ敵」
「どうした? ······おっけー倒すわ」
ボクは思い立ったらすぐに行動する派。気になったので、思ったことをそのままシゲ盛くんに質問する。ゲームしながら。
「妃夏とはどんな関係なの?? ······あっ、もうボス戦か」
「なんていうか、恩人ていうか、そんな感じ? ·······よし、ボス撃破!」
「長くなるぞ――」
目の前のスクリーンには『GAME CLEAR』の文字が表示されている。
すると、シゲ盛くんはゲーム機を置き、話を始めた。
ボクもデータをセーブし、ゲームの電源を切った。
☆☆☆
それは、高校1年の夏のことであった。
中学からずっといじめられていたオレはまさに抜け殻のような状態だった。
中学時代、前髪を伸ばし、目を隠した。学校ではいつも下を向いていた。そんなオレの目は黒一色、光が灯っていなかった。なぜなら、毎日いじめに遭っていたからである。だが、生きる希望すらないのに、学校には何故か毎日通っていた。
周りの人は止める気配すらなく、むしろいじめに参戦していたといってもいいだろう。そしてオレは完全なタブーになった。
周りの空気がオレを『拒絶』していたのだ。
高校に進学し、周りはいじめに参加することはなくなったが、みんなオレと距離をとっているように思える。もちろん、いじめ自体は続いていた。
そんな中、夏に差し掛かった頃くらいだろうか、1人の少女が声をかけてきた。
それが、妃夏。のちに、オレの数少ない話し相手になる人物である。
妃夏はリア充グループのうちの1人。その時のオレは妃夏をそう認識していた。
抜け殻のオレに少女はこう言った。
「よ! 陣田くん······だっけ······? 元気?」
その時のオレは、それが皮肉のようにしか聞こえなかった。
これが、オレと妃夏の初対面だ。
オレは無視して歩きだす。リア充グループのうちの1人、当時、そういう奴を毛嫌いしていたオレにとって、そのイメージが妃夏を拒絶し、避けようとした原因だった。
だが、妃夏はしつこくついてきた。
「どーなの?」
オレは歩くスピードを上げる。だが、妃夏はスピードを上げてついてきた。
面倒くさくなってきたオレは、妃夏をギロりと睨んだ。
「······元気なわけねーだろ……」
オレはただ一言、そう言って立ち去った。
その後、もう妃夏はついてこなかった。
だが、それから毎日、妃夏は話しかけてきた。
「よ! 今日は元気?」
「今日はすごい雨だねー」
「今日は暑いなー。ね、陣田くん」
「今日はちょっと薄着にしすぎたなぁー」
そんなどうでもいいことを妃夏はオレに毎日毎日、飽きることなく、いつも元気に言ってきた。
正直、めっちゃウザかった。鬱陶しいと思った。
それから少し経ったある日のこと、事態は進展した。
晴れた放課後の靴箱でのことだ。いつものようにいじめられたオレは、ノロノロと靴箱へたどり着いた。右手で靴箱のロッカーを開く。だが、そこにあった靴の異常をオレはすぐに感じた。靴を見てみる。
しばらくすると、オレは深くため息をついた。靴の側面、そして靴底に大きな字で『死ね』と書かれてあったのだ。
だが、靴を履かなければ家に帰れない。オレはその靴を仕方なく履いた。
その時に聞こえた小さな足音は、どんどんハッキリと聞こえるようになってきた。
匂いで分かった。今日も妃夏が来た。
「よ! 陣田くん」
いつも通り挨拶をしてくる妃夏。
オレは、そんな妃夏を当然、無視して歩く。
だが、妃夏はついてきた。いつものように。
そして遂に、オレの堪忍袋の緒が切れた。
「いちいちついてくんなよ! 毎日毎日、ウザイんだよ!!」
その時、自分の語彙力のなさ、そして、声の小ささを恨んだ。
オレは何年かぶりに、声を枯らしながら叫んだ。
――これでもうどっかに行ってくれるだろう。
そう思い、靴紐に手を伸ばした。
しかし、目の前にある少し小さめの足は動かなかった。
そんな事態に、オレは衝動的に顔を上げた。
前髪で少し見えにくかったが、そのオレの視界には、顔が整った童顔の少女が夕日をバックに映え、そして、微笑んだ少女が映っていた。
「やっと、目が合ったね」
少し目を細めてオレに微笑んだ妃夏、その表情と言葉は、オレの全ての怒りを吸収していた。
なんていうか、何年かぶりに優しさみたいなものを感じたような気がした。
オレが絶望していた奴ら、全て敵だと決めつけていた奴ら、彼女はそのうちの1人だった。そのつもりだった。だが、何だこの違和感は。
雲の切れ間から差し込む夕日の光のように、誰かがオレに手を差し伸べているようなこの感じは、一体何なのだろうか。
オレは驚くことしかできなかった。
「ほら、靴脱いで」
オレは素直に従う。歯向かうという選択肢はなかった。そして、脱いだ靴を妃夏に渡した。
何故か怒りすらも湧かなかった。漆黒の双眸は揺れているばかりだった。
オレが靴を渡すと、妃夏は手洗い場へ向かい、蛇口をひねり、ひとつひとつ丁寧に石鹸でキレイに靴の文字を洗い流した。オレはずっとそれを横で見ていた。
「······どうも」
数分後、妃夏は見事に靴の文字を全て消してみせた。
妃夏は、その濡れた靴を日当たりの良い場所に置いた。
オレの口からは自然と礼の言葉が出てくる。
「別に大丈夫だよ」
妃夏はオレの顔を見て、ニコッと笑う。
それは、どこか眩しいような、オレがいつの日か無くしてしまったもののように感じた。
オレ達は靴が乾くまでグラウンド脇で待つことにした。
グラウンド横の木のベンチに、ゆっくりとオレたちは腰掛ける。
「ひとみんとオキくんに相談したら良かったのに」
「………!」
伏せていたオレの体は縦に少し揺れた。
「仲いいんでしょ。知ってるよ〜!」
何か、心の内をほとんど知られているような感じがした。
だが、その恐怖感は何故かなかった。
妃夏の言うことは紛れもなく事実、オレには2人だけ友人がいる。
それがオキと明智だ。
2人とは小学校からの付き合いで、3人共に能力者である。中学も共に過ごし、高校も3人一緒に進学した。
高校に入学して以降、魔獣が出現するようになったため、オレ達は夜に集合し、魔獣狩りをしている。それを含め、今も親交が深い。
だが、3人の仲は誰も知っていない筈だ。
オキと明智ならまだ分かるが、オレとの関係は誰も考えられる訳が無い。
みんな、オレと仲良くしているとその人まで、皆からいじめられると思っているのだ。
「·······そうなんだ」
話によると、明智に聞いたのだそうだ。
確かに明智と妃夏は仲良くしてたような······でも、特別に言うようなことではないだろう。
そう考えているうちに、靴が乾いた。それを確認した妃夏は、けのびをしながらゆっくりと立ち上がった。
「いつでも助けるから、困ったら言ってね!」
「······うん」
妃夏は、オレの前に靴を並べ、立ち去って行った。
そして、その背中は遠くなっていった。
オレはキレイに洗われた靴を見た。しっかり文字は取れていた。だが、それだけではなかった。それは、違和感から生じた発見だった。この靴の姿を見るのは、おそらく2回目だろう。
ゴミ箱に捨てられた時の汚れ、黒い一筋の傷、泥まみれにされた時の汚れ、側面にできた赤いシミ、その他の汚れ。
それが、あった事すらも疑うくらいになっていたのだ。
オレは靴から目が離せなかった。
太陽の光を少し反射したその靴からは、こんなオレでも分かるような大きな優しさが感じられた。
それは完全に乾ききった心を少し潤すような、包み込むような、砂漠に咲く一輪の花のような、そんな感じだった。
そんな時、とある強烈な感情がオレの心を覆った。
――このままでいいのか? いや、そんなはずはない。
そんな心の声が聞こえたのは、オレが1歩を踏み出した後だった。
気づいたら、オレは妃夏を呼び止めていた。
妃夏は目を丸くしてオレの方を見ている。
「なんで······こんなに優しくしてくれるの·····?」
カラカラの声を必死に振り絞る。話すだけなのに凄い量の汗が出る。
そして、オレが全ての言葉を言い終えた時、妃夏は、オレのすぐ前まで来ていた。
そして、今日一番の笑顔で
「だって、わたし陣田くんの悲しむところ、もう見たくないもん」
そう言い、大きくピースサインをした。
オレはその後も、離れていく妃夏の背中を瞬きもせずにずっと見ていた。右手は自然と、人差し指と中指が伸びていた。
国枝高校グラウンド横、斜陽が差す快晴の夕刻。
その時、オレの瞳に光が灯ったような気がした。
後々、妃夏のことについて明智に聞いた。明智曰く、妃夏はオレに話しかけるために、明るく振る舞うために、何度も何度も試行錯誤を重ねていたという。
そして、オレに会った度に何度も何度も裏で泣いていたらしい。
それを聞いた時、オレの目は覚めた。こんなオレのために、頭を使い、必死に悩む人が他にもいたのだと。
その後いじめは、朝霧のように消えていった。
おそらく、校内でもトップクラスの発言力を持つ明智とオキが、粘り強くやってくれていたことがやっと実ったのだろう。この2人にも感謝しないといけない。
そしてなにより、ほんの少しだけではあるが、少しずつ人の温かみや優しさが感じられるようになったように思う。
それも、あの日、あの場所で、妃夏が話しかけてくれたお陰だ。
だから、妃夏は恩人なのだ。
☆☆☆
「――なるほど、いい話を聞かせてもらったよ」
これで分かったこと。
それは、シゲ盛くんの暗い過去、そして、妃夏は決して悪い人ではないこと。
もしかしたら、あの尾行には何か理由があるに違いない。悪いことではないように思える。それは、今の話を聞いて分かったことだ。
よし、明日話しかけてみるぞ。
ちなみに今日の晩御飯は、作るのが面倒だったので2人でカップラーメンでした。
ちなみにボクは2分半で食べる派だ。
翌日、いつも通りの学校生活。でも今日は少し違った。
6時間目終了のチャイムが鳴り終わる。いつもなら直で家に帰るのだけど、ボクはまだ教室にいた。
ちなみに矢嶋は元気よく部活に行った。
帰りの用意をするフリをして、ボクはその時を待つ。
五分も経つと、みんなは色々な所へ散っていった。
少し暖かい優しい風が、教室の白いカーテンをゆっくりと揺らす。外からは部活動の元気な声が聞こえ始めた。
よし、そろそろ潮時か。
そして、ボクはかばんを持って教室を出た。しっかりと背筋を伸ばして、表情を引き締めて。
そのまましばらく歩き、一本筋の廊下へ来た。
「妃夏、出ておいでよ」
そうしてボクは素早く振り向いた。
そんなボクの目線の先には、ボクに背中を向けてしゃがみ込んだ少女の姿があった。
そう、ここは一本筋の廊下、隠れられるところがないのだ。
諦めたのだろうか、しばらくすると、妃夏はちょこっと出てきた。
だが、何かボクを警戒しているようで……
とてもブルブル震えている体、また、恐怖に溢れた童顔、捉え方によってはボクは犯罪者になるかもしれない。
「……こ、殺さないで……」
「……え?」
なんでボクが人殺しに……?
「ここじゃなんだし……」ということで、ボクたちは近くの公園に来た。
学校から公園に来るまでの間に、妃夏はだいぶ落ち着いてきた。
「ごめんなさい……!」
おかげで、今はボクに向かって手を合わせるまでに。
当たり前のことだが、ボクはなんの教祖でもない。
「いやいや、ボクの方こそ悪いよ」
何でか知らないが、ボクもペコペコ頭を下げる。
「政田くんに取材したいことがあったんだけど……政田くんって、みんなに人気あるからタイミングが分からなくて……」
だからタイミングを見計らうために尾行を……ということか。なるほど、これは気配りが出来ていなかったボクの責任だ。
「いゃあ……本当に申し訳ない」
「そんなことないよ! 私が勝手に――」
その時、妃夏のポケットからガサッと何かが落ちた。
これは……メモ帳?
「あ、ごめんごめん。これ、取材原稿なんだ」
一瞬だったのでよく分からなかったけど、そのメモ帳には、隅までぎっしり何かがペン書きされていた。
本当に凄い人だ。一瞬でも殺し屋を疑ったボクが申し訳ない。取材に答えない、という選択肢はどこにもないようだ。
「そうなんだ。じゃあ、インタビュー始める?」
「え、いいの!?」
すると突如、妃夏の瞳がキラリと光った。
「うん、始めようか」
ボクはがそう答え終わる頃には、その瞳は炎に燃えていた。
両手を見ると、メモとペンを持っていた。
「じゃあ、取材いっくよー!」
どうやらやる気スイッチが入ったようだ。
「おう!」
ボクも全力でそれに応える。
「さあ、どんとこい!」
「······じゃあ、最後の質問。
政田くんは、どうしていつも笑顔で暮らせるの?」
「何事もポジティブに受け入れることが大事だと思うよ。スキップとかしたら、いいかもね」
「これで取材は終わり。ありがとうございました」
「こちらこそ、わざわざお疲れ様」
取材が終わり、妃夏はメモをまとめている。
日はすっかり暮れ、空の色が濃くなっている。
その三つ編みの先端からは、汗が滴り落ちている。赤? 茶? いや、紅唐の妃夏の髪、とても不思議な、だが、とても美しい髪である。
「ところで、なんでボクなんかに取材?」
妃夏はメモとペンをポケットにしまい、ベンチに腰掛けながら足をプラプラ揺らしていた。
「政田くん、またテストの点数すごかったし、それ以外も完璧で、記事にしたら面白いかなーって思ったの」
妃夏が鼻歌を歌っている所をみると、よっぽど満足したのだろう。
それなら取材を受けて良かった
「いい記事、作れるといいね」
「うん!」
その笑顔は、暗闇の中の公園の街頭よりもさらに眩しかった。
☆☆☆
今週の食材の買い出しを終えてオレは、帰路についていた。
商店街はいつも賑やかでたくさんの人の憩いの場にもなっている。オレも何度も通っているが、いつも来る度、オレを温かな空気が迎えてくれるような気がする。
そして、商店街を抜けると、静かになる。
オレはこの雰囲気も結構好きだ。
あとは一本道を歩くとオレの家がある。オレは両手に持っていた袋を片手に寄せ、ポケットから鍵を取り出した。
その時、大量のカラスが電線から漆黒の空へ羽ばたいた。
その後だった。
オレの目の前に3人の男が通った。そして、オレの前で足を止め、仁王立ちをした。
「······ッ!」
オレは目を白黒させる。
そして。その場で固まってしまった。
目の前にいたのは、左から真坂、中田、吉村、の3人組。
そして、そのうちのリーダー格である真坂は、腕を組みながら、不敵な笑みを浮かべてシゲ盛にとある言葉を投げつけた。
「偽善者くん」
「········!!」
シゲ盛はそのまま動かなくなってしまった。
そしてあの日々を思い出す――――
それは、シゲ盛がずっと避けてきた言葉達。もう忘れようと思っていたのに、再び思い出される。
「キモイ」
「死ね」
「消えろ」
「偽善者」
それはみんなからいじめられ、生きる希望すらもなかったあの日。その時に浴びせられた数々の言葉。
シゲ盛の目の光はしだいになくなっていた。
いじめ、そして、シゲ盛の心の傷は、まだ終わっていなかったのである。
――オレは、何をしているんだ?
――なんのために生きているんだ?
――オレは孤独だ。
――オレは、誰も信じられない。
読んでくださりありがとうございました




